夢日記
□あなたのせい
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「あはは!田中社長面白すぎますよ〜!あ、グラス空いてます」
「がはは!いや〜名無しちゃんは気が利くしほんとに俺の事よくわかってるなあ!ど?俺の女になれよ、なんつってな!ないか!がははは!!」
「や、やだも〜、奥様に怒られちゃいますよ」
いつもの接待。…名前で呼ぶなクソジジイ。
クスリとも笑えない寒いギャグに耐えながら、目の前のハゲがまくし立てる自慢話をただ右から左へ聞き流し、いまにも引き攣りそうな作った笑みで機嫌を伺う。
前はここまでの接待は月に1度ほどだったはずなのだが、最近は努力が実りいいのか悪いのか社長のお気に入りになってしまったらしくココ最近短いスパンで飲み接待の呼び出しをくらっていた。
今日はまだない、太ももや腰周りへのボディタッチ。半個室の店内だからと見えない位置からいつも隠れて触れてくる。
どう足掻いても偉い人間様には誰も物を言えず、ただ餌食になる弱いものを見て見ぬふりをする。そういう社会だ。
仕事だもの。楽しい振る舞いをしなければ。
しかし毎度のこの空気に耐えられなく、私はお手洗いに席を立つことにした。
「あっ…すみません。少し席を外しても構いませんか?」
「なになにお花摘みかな?俺もついてっちゃおうかな〜??」
「だめですよ社長はみんなの話の中心なんですから!」
うまく言いくるめメイクポーチを抱えそそくさと席を立ち急ぎ足で女性用エチケットルームに駆け込む。
バンッと勢いよく扉を閉め
「最悪!!!!!」
溜めていた言葉をため息と一緒に一気に吐き出す。
酒臭さとタバコの煙を吸い込んでしまった髪を梳かし、疲れ切った自分の顔を鏡で見る。
「なんでこんなことしてんだろ…」
憧れの会社。仕事してバリバリ働くかっこいい女の人になりたかった。
それが今はなんだ。ただのご機嫌取りの使用人だ。
「はあー…」
ため息を思い切り吐きながらビューラーでまつ毛をあげた。
ーーーーその時
ガッシャァァアアアアン!
「!?」
ガラスが勢いよく割れる音がして目が覚める。
な、何事…?
扉をそっと、少しだけ開けると、店の窓ガラスが割れていた。
ぽかんと、なにがなんだかわからないという顔をした店員と客。無論私もだ。
「ここに真島って男はいるかぁ?」
扉の隙間から見える限り、バットを持った男3人が物を破壊しながら店の中を徘徊していた。
怖くなり私は扉を閉めトイレで身を潜める。
「なんだあ?客に紛れてんじゃねぇだろうなぁ。チッ、紛らわしいなゴチャゴチャしやがって、ここにいる全員店からでろや!!」
その瞬間、ワアワアと蜘蛛の子を散らすように客がバタバタと出ていく音がする。
無茶苦茶だ。店側のことを考えると胸くそが悪い。
しかし、命あっての物種である。
構造を思い出してはっとする。トイレは店の奥。出口とは1番距離のある場所だ。最悪だ。逃げられる気がしない。
トイレの中で酔って寝ていたことにすればいいか…?
怪しい考えが頭をよぎり、静かに時を待つ。
徐々に静かになっていき、客や店員はあらかた店の外へ出たようだった。
「アニキ、店から出ていったのを見たやつがいるらしいっす」
「なんだこの店じゃねえのか?真島ァ〜よくもうちのシマ荒らしてくれたなあ〜どこだァ〜!?」
バタンバタン!と勢いよく出入口の扉が揺れる音がした。
シーン…
さっきの騒音が嘘のように数秒の静寂が訪れる。
あまりの一瞬の出来事にへなへなとその場に座り込んでしまった。
「なんだったの…」
あまり頼りにならない足取りでさ扉を開け、這うようにトイレから出る。
これが私がさっきまで飲んでいた場所だろうか?
あたりは一面割れたグラスやガラスの破片とテーブルだったものがちらほら転がっている。
私も早くここからでなければ…
一人ぼっちで残された私の心臓の音はバクバクとうるさいくらい身体中に響いていた。
カチャ…カシャン…
踏みしめる度に鳴る聞き覚えのない地面に慎重に出口へ向かう。
走って転んだりでもしたらガラスで身体中血まみれだ。