ファンタジー小説

□夕桜と諒闇【完】
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戦国時代が終ろうとしていた。
やっと人々が安寧を迎えようとしていたが、謎の妖が次々と人間を襲う事件が起こっていた。
まだ妖という存在が知られ始めた頃、彼、涼闇(りょうあん)は一人修行に暮れていた。

涼闇が呪文を唱えると、落ちている数十個の石が空中に浮く。

さらに呪文を加え、突風を起こさせた。
高い位置にくくっている長髪がさらりと舞う。

ジャリ、と足音が聞こえ、涼闇は全ての呪文を解いた。

「涼闇!うまい魚を持ってきたぞ」

「夕桜(ゆうおう)様・・・」

やってきたのは見知った顔の男。
ガッシリとした体躯を隠す服装は位の高い人間のそれだ。本来なら庶民以下の涼闇は話すこともできない相手である。

夕桜は領地の党首で、たびたび涼闇の修行場に顔を出してやれ飯を作れだのやれ腰を揉めと何かと注文を付けてくる男だ。

「まったく・・・そろそろ今日あたり、断食を始めるので魚を持ってくるのはお止め下さいと言ったではありませんか」

「ああ。覚えていた。しかしお前の作る魚料理が一番うまい。仕方ないだろう」

はた迷惑な注文も、涼闇にとっては断る事はできない。なぜなら夕桜は涼闇の想い人だからだ。


****************


「そろそろ町へ戻ったらどうだ?こんな洞窟じゃあ、冬は極寒だろう」

「慣れればどうってことはございません」

「今は暑いからそう言うが、一度体験してみろ。二度とそんな事は言えなくなるほどつらいぞ」

先日街中で妖が出現し、やむなく人前で呪文を唱えた。摩訶不思議な現象に庶民は理解できず、涼闇は町から追放されてしまったのだ。
ウワサを聞きつけた領主の夕桜が涼闇を見つけ出し、眠る場所や食うものを与えたのだ。
この海に近い洞窟は町を追われ、居場所の無くなった涼闇にとっていい隠れ家となっていた。


「冬の洞窟で過ごした経験がおありなのですか?」

「ああ。一度な」

パチ、パチ・・・と一段と火が強くなる音がしたのを合図に、涼闇は火から皿へと魚を降ろした。



「お味噌汁と以前いただいた大根です」

味噌汁にはワカメが入っており、大根は漬物にしてあった。

「たくあんは大好物だ。来て良かった。お前のたくあんは最高だからな!・・・おい、お前の分はどうした。さすがの私も二匹を平らげるのは無理だぞ」

「ですから、さきほど今日から断食を始めようと・・・」

話している途中でぐぅと腹が鳴る。涼闇の腹からだ。だんだんと涼闇の耳が赤くなる。


「本当は腹が減っているのだろう。見栄を張るな」

「腹は減っていますが、きちんと断食をしないと・・・修行中の身ですから・・・満月の夜は断食をしなければ・・・」

「それは最近本で学んだ知識なのだろう。これまで断食をしたことなどあるのか?」

「だ、断食は今回が初めてですし、本で学んだ知識ですが・・・それでも、呪術の力が向上すれば、万が一町に強い妖が現れても守れます。断食は必要です」

追放された町を守るためによくわからない断食習慣を作ろうとしていることに理解できない夕桜は一度箸をおいた。

「そうか。なら私は食べないぞ。一人で食う飯などうまいものか。この飯、悪いが片付けてくれ」

「そ、そんな・・・食べ物を粗末にするなんてこと、わたしには・・・」

「なら私と食え」

「で、でも・・・」


「私は一度も断食をしたことは無いぞ。忙しくて食えない日は多々あるがな。それでも陰陽師と同じと言えるくらいの力はある。どんな妖も跳ねのけられる。万が一お前が断食をせず、力が弱ったとしても・・・私がお前を含めて、町すべてを守る」


「夕桜さま・・・」


夕桜は立ち上がり、涼闇の隣に移動した。
涼闇を抱きしめ、彼の頭を撫でた。

近頃、夕桜はこうして涼闇の頭を撫でることをするようになった。なぜこのようなことをするのか涼闇にはわからなかった。しかし心地よさを感じるこの行為を涼闇はとても好んでいた。

この行為に意味があるのかと聞いてしまいたくなる時があるが、止められるのではと思い意図は直接夕桜から聞いたことがない。

ドキドキと鼓動が早くなる。こればかりは妖を倒す力を持った涼闇にも止めるのは難しいことだ。涼闇は鼓動の音を聞かれてしまう前に離れようと両手に力を加える。

「夕餉(ゆうげ)は食べるな?」

かたくなに断食を決意していた気持ちはとろんと溶けきっている。今の涼闇は夕桜言った事には全て従うしかないという気持ちにさせられていた。


「はい・・・」


なんだかいたたまれない気持ちになりながら、涼闇は自分の食事を用意した。


「よし、食うか。この魚はなかなか市場に出回らないウマイ魚なんだ。味わえよ」

「はい。いただきます・・・ん!」

「どうだ。うまいだろ」

「はい・・・!このなめらなかな触感・・・そしてコクのあるあと味・・・こんな魚があるのですね・・・」


「驚いたろう」

「はい。とても・・・こんな素晴らしいお魚・・とても高価なのでは?」

「なに、気にするな。息子が妻をめとってな。祝いで数匹手に入ったんだ」

「ご子息様が・・!?おめでとうございます」

「ああ。せいぜい私のように裏切られるなよと忠告だけしておいたがな」

「・・・あの方は・・・ご存じでいらっしゃいますでしょうか」

あの方というのは夕桜の元妻のことである。

妖を呼んだのは夕桜の妻だった。
夫である夕桜を殺し、新しく好きになった男と駆け落ちしようとしていたのだ。
結局夕桜よりも早く涼闇が退治した、苦い事件である。
夕桜は妻は病死したと公に知らせることにして、妻を手放す選択をした。

駆け落ちを許す形にはなったが、死刑にして怨霊になられるよりはマシだと決断したのだ。

「ああ。文をしたためた。式神を使って届けてある。息子と離れることには涙を流していたからな・・・」


黙々と静かな食事を済ませ、布団を敷いていた時だ。

布団を敷くのを合図に、いつも夕桜は自分から帰ると言うのだが、今日はなぜか「一緒に寝てもいいか」と聞いてきた。

「断る理由などはありませんが・・・私は女人ではないのですよ・・・?」

「バカを言え。男に手を出すやつがあるか。今日は・・・誰かと一緒に寝たいんだ。女はもうこりごりだし、だからと言って他の男と眠るのも気持ちが悪い」

「わたしは・・・私も男ですが・・・」

「いいんだ。お前は綺麗だからな」

見た目だけでなく、心も水のように透き通っている涼闇を夕桜は好いていた。もとより女性相手にしか恋をしたことがない。いまだ夕桜自身も戸惑いを持った気持ちではあるが、確実に自分の気持ちに素直になりつつあった。

「っ・・・・ふ、布団が一組しか・・・・っ」

真っ赤になっている涼闇の頭を撫でて、夕桜は笑って言った。

「一緒に眠ろう。お前は細いから大丈夫だ」

「は、はい・・・」




その夜はお互いよく眠れたのだった。







fin.


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