少し長いお話

□貴女と私の秘密の関係3
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いつもの香りがする食卓。

今日は私の母が夕食を用意したようで、いつの間に作ったの?とでも言いたいくらいの量が食卓に並んでいた。
時計を見つめれば夜の7時。
けっこう寝ていたのだなと知る。


「すいません、準備してもらって」
「ううん、いいのよ。いつも麻衣ちゃんが色々頑張ってるって聞いてるから。1日くらい休んでもいいのよ」
「ありがとうございます」

母と白石先輩が並んでキッチンにたち、食器の準備をしていた。

「ななも何かできること…っ」
「西野さんはお客さんなんだから座ってて」
「でも…」
「そしたら七瀬ちゃんはおじさんと、飲み物の用意しようか」
「はい」

困っている私に手をそっと差し伸べてくれる白石さん。
少し緊張しながら、飲み物を運んで着席する。

「それでは…「「「「いただきまーす」」」」

両手を合わせて二度目の食事会。
今日の進級のお祝いもかねてということだった。
自然と春になったから、2年生になったくらいにしか捉えてなかったが親からすると、お祝いごとなのだろうか。

「おいしい…」
「あら、お口にあってよかったわ」

母も白石先輩に料理を喜んでもらえて、嬉しそうだった。
なんだかそれを見ていると、私まで嬉しい気持ちになる。
やはり大好きな人が褒められるのは、喜ばしいものであった。
お腹いっぱいになるまで食べて、お皿が空になり始めた時、静かに正面の二人が箸を揃えておき、私たちの名前をそれぞれ呼んだ。

「何?改まって?」
「…あのな、父さんたち」
「もう結婚を切り出して、許可もらおうとかそんな気持ち?」

さっきまで微笑んでいた白石先輩の顔が少し不機嫌になった。

「違うんだ。結婚の前に、お前たちにお願いがあって…」
「…それで呼び出したの?」
「ごめんなさい。仕事のことなんだけど…ね」
「お母さん、何?」

二人とも深刻な表情をするため、なんだかこちらまで怖くなってくる。
これから何を言われるのだろう…

「実はな、仕事で明日から京都に行くことになってな」
「「へっ?」」
「そうなの…出張で1週間程度なんだけど…」
「い、一週間京都?出張なんかお母さん今まであったことなかったのに」
「ごめんなさい、今回ばかりはどうしても断れなくて…」
「お父さんも行くの?」
「うん、今同じ事業に関わっているから、チームが同じでな」

なんだかんだ、今までお互いに仕事はしながらも家を長く離れたことがなかった西野家と白石家。
それも娘一人を家に残していけないという、親心だったのだろう。
だけど…

「けど、お前たち二人高校生にもなって、そして同じ高校なのだったら、助け合えるかなと」
「どういう…こと?」
「七瀬ちゃんをここに、一週間泊めて一緒に生活して助けあえないか?」
「え…?ちょ、ちょっとまってよ!」
「麻衣ちゃん、七瀬のことお願いできないかしら」

どういうことだ。
母がいない間、この高級な白石先輩の家で私は生活するということを提案されているのか?
突然のことで思考が回らない。
確かに白石先輩は優しいし、同じ高校の先輩だけど、同じ屋根の下の共同生活となるとまた話が別だろうにご両親よ。

「で、でもっ…そうすると白石先輩に迷惑がっ…」
「迷惑とかそんなこと気にしないで。これから妹になるかもしれないなら、その予行演習とでも思いなさい」
「だから!結婚の話はまだ保留にしてって言ったでしょ!?」

冷静な表情に、どんどんと感情がのって、怒りの感情がむき出しになっている。
隣の先輩の表情に、少し申し訳なくなって…私は…

「あの、お母さん。京都いってきてもいいよ?」
「ちょっと、西野さん!」
「でも、ななは、いつもの家にいるから」
「え…っ」
「ここには住まへんよ。それは白石先輩と同じ。今までどおり、結婚とかしてへんねんもん。まだ姉妹ちゃうし…」


語尾がどんどん小さくなっていくのを感じた。
そうだよ。優しい先輩であるだけで、別にお姉ちゃんな訳ではないのだから…
一週間くらい一人でいたって何も変わらない。
朝と夜にお母さんがいないだけ。
お弁当だって作れるし、別に朝起きるときに少し一人で頑張ればいい話なのだ。

「大丈夫や。心配せんと」
「でも、一人で家に一週間も置いていくなんて親として不安なのよっ」
「過保護すぎんねん。大丈夫。ななは一通り家事もやるし、なんか困ったらかずみんに頼むから」
「七瀬…」

隣から「かずみん?」と小さく尋ねる先輩の声がしたが、聞こえない振りをした。
これ以上、深入りしたら最初の約束とは違うものになってしまうから。
隣にいる先輩に、「これならいいですよね?」と見つめ返すと、少しだけ眉間に皺を寄せて悩んでいる表情で頷いてくれた。

「頑固者…」
「お母さんに言われたない」
「七瀬ちゃん、でも…」
「白石さん、いいんです。別に気にせず母と出張に行ってきてください。ただ、遠くでの仕事は不安なので、その…母のことよろしくお願いします」

それは、相手が父親になる人だからとかじゃない。
母のほうが心配だから、むしろ白石さんがいてくれるなら少し安心する。
「ごちそうさま」と一言残して、自分の食器を下げに歩きだす。

(あぁ〜、なんや楽しかったのにな…)

水を出す音が耳の奥まで流れ込んで、それだけに支配されてしまう。
見つめている視界が静かに歪んでくるのがわかって、なんで自分の瞳が水で支配されているのか、自分の気持ちがわからずただ一点を見つめていた。

「…ねえ」
「えっ…あ、白石せんぱ…」

気づけば背後に誰かがいて。

静かに頬に添えられた手。
そこで理解したのは、自分が泣いていたという事実だった。

「……」
「な…なんやそんなとこまで水飛んどったんや…気づかなくてすいませんっ」
「…ちょっときて?」
「え…っ」

タオルで手を拭かれると、腕を握られ白石先輩の部屋まで引っ張られた。

扉をバタンと閉めると、部屋の電気をつけないまま立ち尽くす私たち。
握られている腕は離されることはなくて…

「西野さんはさ…」
「え…」
「もしかして、結婚に賛成してるんじゃないのやっぱり」
「ち、違います!そうやのうて…」
「じゃあ、何で泣いてるの?」
「こ、これは…そのっ」

違う。

私が泣いているのは、結婚に賛成したいのに反対しなきゃいけないから辛くて泣いているのではなくて。
白石先輩に遠回しに拒絶されているように感じているのが辛いだけ…
そんなこと、本人を目の前にして言えなかった。

「なんか…お母さんいないの考えたら寂しくなって…、変ですよね高校生にもなって。ははっ…」

母がいない寂しさと嘘をついた。白石先輩に本当のことが言えずに隠した。

「……寂しいの?」
「…あんまり聞かんといてください」
「…そんなんで一週間生活できるの?」
「先輩が心配しなくても大丈夫ですよっ…。ほんまに…大丈夫ですから」
「…」

目の前で何度も顔を覗き込まれ、最後に一つため息をつかれた。

「なんか、貴女ってほっとけないのよね…」
「え…な…」

そういうと、ななを一人取り残して白石先輩は部屋を出て行ってしまった。
足音と扉の音を聞く限り、リビングへ行ったのだろうか。
一人になった瞬間に、力がぬけてその場に座り込む。
テーブルに出しっぱなしになっていた勉強道具にそっと手を伸ばす。
明日は土曜日。
今日の始業式が金曜日だから…休み…か。
明日から休みだけど、お母さんはいなくて…あの家に一人かぁと考えると、まぁ、寂しさもあるよね。

「何も泣くことないやん…自分」

まるで、先輩にずっといてほしいだなんて望んでしまうこの感情はなんなのだろう。
この間、ちゃんと自分のことを認識してもらい知り合いになったばかりの人に、何を…

ガチャリ…

「あ、先輩」
「…ごめん、暗いままでてちゃって」
「いえ、…あ、今片付けますね」

廊下からの電気に照らされた先輩の顔は、なんだか思いつめたままで。
勉強道具を片付けようとしている私の手を、そっと止めたのだった。

「先輩…?」
「今日さ、ここ…泊まっていきなよ」
「え…な、なんで」
「西野さんのお母さんも荷物取りに行ったら、またここに泊まって、そのまま明日京都行くって、さっき私と話して決めたから。貴女も一週間分の荷物持ってきてもらっていいかしら?」
「…え…今、なんて…」
「だから、一週間分の荷物まとめてきて。明日からここで一緒に生活しようって言ってるのっ」

少しだけ頬を膨らませた先輩の顔。
でも、さっきの怒りの感情とは違って、頬は赤くなんだか照れている様子だった。

「いいんですか?」
「…いったでしょ。なんか貴女…ほっとけないのよ」

腕を優しく掴まれてリビングまで今度は連れて行かれると、母親が優しく微笑んで迎えてくれた。
白石さんにも「麻衣をお願いします」と頭を下げられ、白石さんの車で4人で今度は私のマンションへと移動する。
車を降りると前回と違ったのは、4人とも降りたこと。
もしやと思った通り、家にあげていた。

「へぇ〜、西野さんの部屋ってこんな感じなんだ。かわいいね」
「ちょっ、せ、先輩!見ないでくださいよ!」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」

ふぅ〜んだなんて言いながら、あたりを眺めている先輩。
自分の部屋にある置物を指先で触りながら、「かわいい」だなんて呟いている。

(…変な感じ)

クローゼットを開けて、制服のYシャツと私服、パジャマ、下着と次々に鞄へと詰めていく。
その間、先輩はただただ静かにそこにいた。

「なんか…あります?」
「ううん、西野さんがこの部屋で大きくなってきたのかぁ〜ってそう思っただけ」
「子供っぽいですよね…部屋」
「そう?私は好きだけど」

ベッドの上にある、コケタニの人形を見て抱きかかえている先輩に、思わず笑みがこぼれた。
あぁ、この人との明日からの生活、緊張もあるけどなんだか楽しそうだなって。

そう思っているのが、どうか自分だけじゃありませんようにと、そう願いながら自分の家を後にした。


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