すべてを、君と。

□思い出の一欠片
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奥州に来てから、何度朝餉を作ったんだろう。
大根に付いた泥を洗いながら、ふとそんなことが頭を過ぎる。

今年で幾度目かの春を迎えた。
衣替えには少し早いけれど、井戸から汲み上げる水は確実に季節が変わり始めていることを知らせている。

毒味役として城仕えをしていた頃も、同じように炊事場に立って食事を作っていた。

…ただ。
小十郎様をお支えする立場になってからは、一つ変わった癖ができた。

今日も一日、小十郎様に何事もなく終わりますように。
いつからか、家事をしながらそう祈ることが日課になっている。

外にちらりと目を遣ると、だいぶ空が明るくなってきたようだった。
まだ寝ているだろう大切な方をそろそろ起こしに行かなければならない。

早朝、少しも眠くないと言えば嘘になるけれど、こうして小十郎様だけを思える時間は嫌いじゃなかった。

お部屋に行く前に盛り付けを済ませておこうと菜箸を取った時、背後にこっそり近寄ってくる気配を感じた。

「…」

音を立てず、ひたりひたりと床を踏む足取りがいかにもという感じで、つい口許が緩んでしまう。
足音だけで誰だか読めてしまうことも、珍しく自力で起きて尚且つ悪戯を仕掛けようとしているあの人も、なんだか全部が愛おしい。

先手を打つのも良いけれど、取り敢えず今日は気付かない振りをしてみることにした。
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