すべてを、君と。

□秘密の二人
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仕事終わり、お屋敷へと続く帰り道。
数歩先を歩く背中を、何でもない風を装った視線でなぞる。

浮つく心が足音に混じらないよう細心の注意を払って、大きな影について行く。

でもそれも、あの角を曲がるまでの我慢。
薄暗くて一寸先がやっと見えるくらいだけれど、踏みしめる砂利の音で、路がそろそろ移り変わるのを感覚的に把握する。

暗闇も秘密を隠すにはもってこいだから。

…だから誰も知らない。

「…おいで」

小道に入ると小十郎様が足を止めて手を差し伸べてくれる、それが合図だってことも。





「き、今日は、ちょっと早かったですね」
「うん?」
「手…繋ぐの」

まだ慣れていないのを誤魔化すつもりで切り出したけれど、時々触れ合う身体の右側は分かりやすく緊張したままだ。

「嬉しい?」
「う…」

言葉に詰まったのを見て、小十郎様は繋がる手の指先で私の手を軽く弾くようになぞった。
敢えて意識させるようなその動きに、目論見通りとは分かりつつも乗せられてしまう。

何でもお見通しの小十郎様のこと。私の本音なんて百も承知に違いないのに、こうやって言わせようとするのは意地悪いといつも思う。

「…はい…」
「可愛い」

それでも答えてしまうのは、その後ふっと嬉しそうに微笑んで、いたずらに指先をきゅっと絡ませてくるのがなんとも愛おしいから。
恥ずかしいとか言わされて悔しいと感じないこともないけれど、二人で居られる時間が限られているからこんな戯れも好きだと思うのかもしれない。

暫く他愛のない話をしていると、武家屋敷が立ち並ぶ小路に入っていた。
肌を掠める秋色の夜風がさりげなく小十郎様の匂いを連れてきて、何故だか幸せを感じながらも胸がぎゅっと苦しくなる。

漸くお屋敷の門が見えてきた頃、なんだか名残惜しくなって少しだけ歩く速度を落としてみた。

「あの、明日はお忙しいですか…?」
「いや今日と同じだと思うが…どうして?」
「ええと…明日も一緒に帰りたくて…」

小十郎様との関係は絶対秘密。
それに多忙が加われば、こうして普通の恋仲として外を歩ける機会は多くない。
一瞬を大切にしようと常日頃から思ってはいるものの、寂しくないと言ったら嘘になるし、できる限りお傍に居たいと願っているのも事実で。

我儘かなと躊躇いつつもだいぶ上にあるお顔をそろそろと見上げると、目が合った瞬間に不意に空へと逸らされてしまった。

「…茉莉花、そういうことは屋敷に着いてから言いなさい」

その横顔を目視するには月の光では覚束ない。
困ったような、何か抑えつけているような複雑な声音から察するに、誰が聞いているか分からないからとやんわり諭されたのだろう。

「っ、はい…申し訳ありませんでした」
「…可愛すぎるから」
「!?」

私の言葉に被らせた思いもよらない返答に目を瞬かせていると、小十郎様にしては珍しくやや性急に手を引いた。

結構お茶目で、柔らかく笑って、甘い言葉を口にする。
少々駆け足になりながらも、恋仲になる前はつゆも想像しなかった一面を反芻した。

たとえ堂々と表を歩けなくても、小十郎様と過ごしていけるならそれでいい。

忙しなさに思いを紛らわせて門をくぐった。
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