すべてを、君と。

□甘露に愛されて
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ゆらゆらと立ち込める湯気が皮膚を湿らせる、ある夜。
言うまでもなくここはお風呂場で、本来ならば安らぎを感じる一番好きな時間なのだが。
腕に囲われて自由に動けない今は、どちらかが身動きする度に揺れる影を、ぼんやりと見つめる以外できない。

「…はぁ、落ち着く」

正反対の声がすぐ後ろから聞こえてくる。
いつもは何よりも安心できる大好きな声なのに、この状況では心拍数をさらに煽ってきて苦しい。
私はまったく、と言ってやりたい気もするが、とにかく騒がしい脈を正すことが最優先だろう。このままだとすぐにのぼせてしまう気しかしない。

…こんなはずじゃなかった。いやもう遅いけれど。





元を辿れば、ここ最近の多忙さにあった。小十郎様がお忙しいのは元々と言ってしまえばそれっきりだが、近頃は前例を見ないほど慌ただしかった。屋敷にお戻りになる頻度もめっきり減り、睡眠や食事ですらまともに摂っていなかったようだ。流石の小十郎様でも疲れが垣間見え始めた頃、漸く仕事が片付き、政宗様が即暇を出したのが今日のお昼過ぎのこと。

久々に一緒に屋敷に帰ってきてすぐ、私は軽く食べられるものと褥と用意した。とにかく早く体を休めてほしい一心で。
けれど予想に反し、軽食を口にした後で小十郎様が向かったのはお風呂場だった。
しかも私の手を引いて。

「こっ、こ、小十郎様」
「ん?」
「近すぎます…」

小十郎様に捕まって以降やっと言葉にできた、精一杯の反抗心。怒ってはいないけれど、これくらい許してほしい。
二人で湯浴みするのは初めてだし、考えたこともなかったのだ。今すぐ倒れてしまいそうなほどには緊張している。なのに小十郎様にはそんな雰囲気がこれっぽっちも見えない。怒っていない、だけど少し拗ねていますよ、と暗に示す要素もあった。だけど。

「ごめん聞こえなかった」

小十郎様は意に介さないどころか、ふにふにと左手で私の頬をつまみ始めた。

「んゃ…やめ」
「あー可愛い」
「もう…、っ!」

反抗しても遊ぶ手は止まらない。仕返しに離れようとしてもさらに右腕で包まれてしまって敵いそうになかった。仕方なく勢いで振り返ったが、小十郎様と視線が合った瞬間、すぐに後悔した。

…もう本当に勘弁してほしい。心からそう思った。
濡れた手で髪を掻き上げながら、「ん?」と微笑むのも、そんな風に柔らかい瞳で見つめてくるのも。
疲れがうっすらと影を落としている目元ですら一層魅力を醸し出しているようで、ひどく惹きつけられてしまう。

言葉を失って硬直している私を見て、小十郎様は可笑しそうに笑った。頬を膨らませると、悪かったよと言いながら、宥めるように髪を撫でてくれる。悔しいけれど、この流れが好きだ。
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