すべてを、君と。

□大いなる勘違い
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あれから政務が立て込んで、茉莉花に話を聞くどころか屋敷に帰ることすらままならない日々が続いていた。
その所為もあるのか、以前抱いた違和感は焦燥感に変わって日に日にじりじりと煽ってくる。

焦りはいつからか、打算を生む。

「…」

報告書から目を離し、少し離れたところで書状の整理をしている茉莉花に視線を遣る。
集中する茉莉花がこちらに気付くことはない。

ーー夕餉を断れば、今夜、茉莉花は時間の拘束がなくなる。
自由を得た茉莉花が政宗様の夕餉を作った後に直帰するか、否か。それが罠だった。

…この話を持ち掛けるなら、忙しい今が一番不自然ではないだろう。

情状酌量の余地はないことも、これが裏切りだということも重々承知していた。
それでも俺は、茉莉花に残酷な手を使おうとしている。

「…茉莉花」
「っ、はい」

意を決して呼び掛けると、茉莉花は少し驚いた表情をしつつも微笑みを返してくれる。
普段は愛おしいそれも、疚しい心が先立つ今は直視できない。

「今夜も遅くなるから、先に帰りなさい」
「分かりました。夕餉はどうなさいますか」
「気にしなくていいよ」
「…はい」

若干間を置いた返事の後に心配そうな視線を顳顬辺りに感じるも、気付かない振りをした。
大方、俺が不摂生していないか気になるといったところだろう。

そうやって気を遣ってくれる彼女を騙している事実に罪悪感が湧きそうで、仕事の頭に切り替えようと文机に向き合う。
だが暫く、変化に鋭い茉莉花の目が見透かしていないことを祈っていた。
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