すべてを、君と。

□初心
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雀が鳴き出す前に目が覚めた私は、髪を整えて顔を洗ってから、洗濯掃除に朝餉の支度と順序良くこなしていた。
いつも通りの朝。ほんの少しの眠気も、忙しく動き回っていれば不思議と何処かへ飛んでいく。

小料理屋を営む実家にいた頃は、今のような刻から仕込みをしていたため、早起きは別に苦ではなかった。だがそれを苦手とする人もいるのは知っている。
この屋敷の主は、特に。

味噌汁の味付けは、起こしてから決めよう。
一旦鍋に蓋をして、まだ眠っていらっしゃるだろうあの方の部屋へと向かった。






「小十郎様」

部屋の前で足を止め、ほぼ意味を成さないと重々理解していながらも、取り敢えず中に声を掛ける。が、案の定返事はなかった。

「小十郎様、失礼致します」

すす、と襖を開けると、お顔をあちらに向けたまま突っ伏す形で寝ている小十郎様がいた。
お顔が見える方に膝をついて、気付かれない程度に覗き込む。髪が下りている上に、普段の厳しい姿からは想像できないようなあどけない寝顔。これを見るのが毎朝の密かな楽しみだったりする。

寝かせてあげたい気持ちが湧きつつも、心を鬼にして小十郎様の肩をとんとんと軽く叩いた。

「朝ですよ」
「…ん」
「起きてください」
「…うん…起きてる…」
「目を瞑っているのを起きているとは言いません」

一筋縄ではいかないことは過去の経験上明らかだが、今朝は歴代何番目かに匹敵するくらい、完全に目覚めるまでに時間がかかりそうだった。
悩んだ末に身体を近付け、小十郎様の肩を揺らす幅を大きくした、その時。

「…茉莉花」

布団から突如突き出た腕が私の左手首を捉え、力強く引っ張った。
しまったと思った頃には時すでに遅しで、見事に褥の中へ引きずり込まれていた。

「っこ、小十郎様…っ!」

抱き締められている、と気付くまでには時間は要らなかった。
それより小十郎様がものすごく近くて、匂いがいい匂いで…と、頭が混乱し始める。でも、また寝惚けての行動だったらしい小十郎様の寝顔を見ていると、嬉しさでいっぱいになってしまうから私は単純だ。

恋仲になって数日。
褥を共にするのは疎か、抱き締められたことだってまだ…今みたいな癖を入れてだが、手で数える程しかない。いつかはその時が来ると分かっていても…。

心地のいい温かさに包まれているうちに、小十郎様から眠気が移ってしまった。確かにまだ少しだけ時間はある。欲に身を任せて、私は目を閉じたのだった。
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