アングラ

□決意
1ページ/1ページ

 安普請のボロアパートで、壁に押し付けられ尻を犯される。
 双方の荒い呼吸と、摩擦音。時折すぐ傍の襖がガタガタと鳴る。
 これは負けのリスク、負けのペナルティ。
 命を天秤にかけた奴の金を、狙った無謀が招いた結果。
 同等のものを用意出来なかった自分が悪い、四肢欠損よりずっとマシ。『そのプライドを剥ぎ取ってやる』、そう言った奴の言葉はこういう形で実行された。
 行き付けの雀荘に顔を出す、白髪の若手の雀士。纏うオーラは危険と警告していたのに、つい引き寄せられた。
 有り金全部集られたのが悔しかったのか、自分は何度も奴に再戦を挑みまくった。
 たまたま徹マンしたからなのか、財布の中身の代わりに寝床を要求された。給料日前の乏しい金額と駆け引きをし、了承した事がきっかけになる。
 珍しい二人掛けの麻雀台で、くだらない話に花を咲かせた頃から遊びに来るようになった。
 冷酷な光を湛えた奴の目が、獲物を狙う猫のような眼差しなのは命すら賭けの対象にする勝負師だからだと思っていた。
「あ……! はっ……! う……くっ……!」
「苦しそうな声、出してんじゃねえよ。ふっ……。ここをこんなにおっ勃てるようになったくせに、感じてないとは言わさないぜ」
「う……るせえっ……! は、やく……。抜きやがれっ……!」
「これじゃ……強姦してるみたいじゃない。ククッ……。和姦でしょ?」
「取引っ……! 取引でペナルティだっ……!」
 自分も奴も上は着衣のまま、壁に押し付けられている自分の足元にはトランクスとジーンズ。突っ込んでいる白髪は、少しずり下しているだけ。この格差が『淫乱』と言われているようで、何となく悔しかった。
 ぎゅっと先端を握られて、思わず呻きと喘ぎが漏れる。先端の穴を人差し指の爪で割られ、痛みと快楽が同時に自分を襲う。その瞬間を待っていたかのように、深く突っ込まれる奴の分身。突き込まれる度に擦れるどこかが、背中へと甘い刺激を走らせた。
「あっ……! ぐ……」
「抜けと言ってる割に、腰がついて来てるじゃない。どっちなんだ?」
「あ……! ぬ、抜け……!」
「じゃあ、抜いてやるよ」
 腸から何かが出て行く感触、それはほぼ快楽に近い。蹂躙されていると思いつつ、だが残念に思っている自分に余計腹立つ。乱れた息とともに振り返れば、悪魔かと思われる奴の形相。視線を逸らす事しか、今の自分は抵抗出来なかった。
「何で……! こんな事するよ……!」
「アンタが願ったからさ」
 そう言われれば、身も蓋もない。持っている金を水か何かのように、どぶに捨てる奴。『ねんごろ』になれば、金を借りられると思ったのも本当の話。だがこういう『ねんごろ』じゃねえ、もっと違う『ねんごろ』だった。
「……。それで、お前は満足なのかよ」
「そういうアンタも、悪くないと思ってんだろ」
 さっさと自分だけ直して、奴は煙草を吸いに自分から離れる。剥き出しのケツの処理すら、自分は何も手につかない。イケなかったストレスが、まだ身体に蓄積している。悔しさといら立ちを持て余した自分は、情けない格好をし続ける事でしか抗議出来ないでいた。
「アンタを地獄に落とすなら、ただ『殺す』だけじゃダメなんだ」
「……」
「のたうち絶望させ、希望も奇跡も奪い取る。そいつがオレのやり方……。オレの奈落の底への落とし方だ」
「……」
 誰に話している訳でもない、自分に話している訳でもない。奴の目は虚空の先の、何者かに喋ってる。こんな薄気味悪い奴なのに、何故かどこかが共鳴する。壁に片腕を預けたまま、何故か耳を傾ける自分がいる。内股に垂れる奴の名残りを感じ取り、無意識に寒いものが背中を通り抜けた。
「で……? いくら欲しいんだ?」
「5万……」
「いいぜ。約束だ」
 背中に投げつけられた札束、ひらひら舞い落ちる風圧を感じる。これは取引じゃない、奴の『温情』。そういった『約束』など、していなかったはずなのに。
「また来る」
「好きに……しろ」
 煙草半ばで、灰皿に突っ込む音。いつもの不敵な笑みを湛えて、奴は自分の前を通り過ぎて行く。玄関のドアが閉まったと同時に抜ける気力、ケツの中から何か出てくる感じはあったがもう何をする気にもなれなかった。
 溢れてくる涙、そして襲ってくる頭痛と吐き気。野郎にカマ掘られて、苦しくない訳がない。無理矢理突っ込まれた為に走る激痛、それが余計に自分を圧し潰す。心と言葉に嘘を乗せるしか出来ない自分を、滅茶苦茶呪うしか方法がなかった。

 憂さを晴らす為のパチンコ、身が入らないから負ける。座っている椅子も、堅くて痛い。早々に切り上げたら、手元にはかなり残った。
 腹ごしらえの為に、スーパーに寄る。簡単を取れば、資金がなくなる。面倒を取れば、その分日持ちする。素寒貧の自分が選ぶ選択肢は、後者しかないんだ。
 あいつ今どこで何してんだとか、くだらない事ばかり考える。解っているはずだ自分と、自分を戒めるしか救いはない。救われたい訳じゃない、ただ助かろうとしているだけ。最初の頃奴に挑んで、手牌を見つめていたらそう言われた記憶が蘇る。
 欲しいのは金、そう金。
 そう考えて、幾度自分を騙しただろう。今更色々素寒貧なんて、言える訳がない。貧乏の味方、魚肉ソーセージと珍味を手に取る。煩わしい手続きが要らなかった今のアパート、家賃滞納三か月はどうしたらいいのかさえ解らない。
 いちいち、煩い。
 そんな誘導、ひっかかってたまるかよ。
 これもギャンブル、そして自分たちは博徒。そんな決意も、奴の『また来る』に揺らいでしまう。
 そこに希望と奇跡、乗せてる事も奴は知っている。だから、わざと。そう、わざとだ。
 金をくれるのも、あんな酷い事するのも。
 奴は最後の最後まで、諦める気はない。だったら自分も、途中放棄する訳にはいかないんだ。
 ほんの小さな光、疑うのが必定の道。年下なのに、奴はすごい。自分は化け物か、精霊か何かと戦っている気になる。
 だがそんな事に、負けてたまるか。奴も人間、背後に何がいようが。
 人間である事には、変わりはないんだ。
 なら、先はある。絶対、ある。奴も辿ってくる、最終の答え。今更途中放棄したくない、この大博奕。例えこの魂砕け散ろうとも、手の内は見せない。
 それが自分のギャンブラーとしての誇り、そして奴への恩返しのようなものだと思っていた。

 出すもの出したら、とっとと消えやがれ。こんな台詞しか言えない、自分が憎い。奴は飄々とした顔で、身支度を整える。最後に吸って行った煙草の横に、また金を置いて行く。頼んでもない事、だがこれが奴の手の一つ。
 口から出た涎を片腕で拭い、いつものように畳に腰を落とす。後で掃除しなくちゃとの思考も、ケツの痛みにかき消されるのが現状だ。
 襲ってくる、吐き気と頭痛。だが本当に痛いのは、身体じゃない。心だ。
 こんなレイプまがいの事されてもなお、こんな繋がりを求めているのは自分だった。
 人間だと解っているのに、ふいっと現世からいなくなる。下手したら足取り所か、消息すら絶つ。それが自分の相手で、赤木しげる。こんなゴミクズ相手に、今は勝負の真っ最中。
 相手は選ばない、どこまで燃え上がれるかが全て。その為には、命すら惜しまない。引き際散り時、仕掛け時をちゃんと弁えている博徒。
 そんな相手に、仕掛けちゃった自分が悪いと解っている。だがどうしても偽れない、この心。あいつの顔を見る度に、口から飛び出しそうな心臓を何度軋ませた事か。
 どんな形でもいい、残りたい。
 あいつの記憶に、残りたい。
 成就しなくていい、幸せなんか願わない。
 自分のような凡夫が、手を出しちゃいけない奴だと理解した上での話なのに。
 傷つけ合う事でしか、このリスクは払えないのか。もっと他に、いい案があったんじゃねえのか。涙を流す事でしか、自分の傷を癒せない馬鹿な自分。
 めげてたまるか。
 そうだ、折れたら終いだ。
 中途半端な闘争心だけ植え付けて、あいつを満足させられないまま終わるのだけはご免だった。
 重い腰をあげて、のそのそローテーブルに寄る。あいつが残して行った途中な煙草の吸殻、それだけでもありがたい。ふっと目をやると、真横に帯一束。こんな金なんか欲しくはねえ、金なんかよりお前の記憶の欠片を寄越せ。
 ただこの優しさが、染み入る。滞納した家賃分、ちゃんと考えて置いてった。こんなんだから、苦しい。救われたい助かりたい、人間の本能を揺さぶる手だった。

「いい加減、降参したらどうだ?」
「ふざけろ……! 冗談じゃねえっ」
 そう叫んだ口の中に、指突っ込まれる。ケツに栓されて、息も絶え絶え。襖の真横の柱に、縋るしかない自分。奴は容赦なく、自分の背中を抑え込んだ。
「うぐ……!」
「そうそう、そうやって屈んで貰わねえとな。やり辛い」
「う……」
「そら、出すぜ」
「あっ……! うっ……。うう……」
 奴の開放を、腹が知らせる。だがケツは栓されたまま、半ば強制的に振り向かされる。悪魔に見える奴の顔、挑発しているかのような笑みに寒いものが走った。
「アンタ、しぶといな……!」
「うるせえ……! それだけが、取り柄だ……!」
「ククッ……。だがしかし、飽きた」
「……!」
 一番言われたくなかった言葉、一番恐れてた答え。握られた肩を乱雑に外され、ごんといい音がして柱に激突する。痛みに鈍麻になった瞬間抜かれ、そのまま畳へと放り投げられた。
「引導を渡してやろう」
 そう言った奴の笑み、地獄から来た使者のよう。一瞬一瞬がスローモーション、自分の上に覆いかぶさってくる奴の手に死神の鎌の幻覚が見えた。
 顎を掴み取られて、唇を奪われる。こんな事、今までなかった。そんな関係じゃない。
 驚愕している自分は、目なんか閉じれない。それが解っていたのか、奴も視線を合わせて来た。
「……そろそろ吐いちまったらどうだ? 本音」
「……」
「オレは最初から、答え出してたでしょ?」
「……」
「尤もらしく、理詰めで考えたって答えなんか出ねえよ」
「……」
「ズレてんだ、全部。何で、手放さない」
「……」
 そう言い切られたら、黙るしかない。解ってて否定した、解ってて拒否した。大体野郎に、普通こんな事しない。そこにある答えに手を伸ばしたら、全部終わりな気がしたんだ。
「う……。うう……。ぐぐ……」
「全く面倒くさいな、恋ってやつは。アンタが意地張るんで、ずっと付き合う気でいたんだが……。野郎だ博徒だ、どんどん螺旋に嵌まる。いい加減、オレもウンザリだ」
「……ウンザリかよ」
「ああ……! ウンザリだな。何で、スカッと言えないんだ」
 また、唇を奪われる。だがさっきより、優しく。自分の縄を自分で解いたら、涙しか出てこねえ。離したくなくて、奴の背中に腕を回した。
「終わりなんだろ、オレが負ければ」
「よせ……! やめろ……!」
「とどめ刺してやるよ。……アンタが好きだ」
「うう……! くそっ……! くそがぁ……!」
 感極まり、今度は奴の胸板を叩く。こんな終焉、期待してなかった。こんな結末、やりたくなかった。そんなの最初っから、解っていたからだ。
「初対面から割と打ち解けた頃、初恋の話で盛り上がった。アンタ、そんな古い話……。ちゃんと覚えててくれたんだ」
「うう……。ちくしょう! 畜生めぇ……!」
「『した事ないんで、強烈なのしたい』……。自分の利を投げ打って、そこまでしてくれるとはね」
「うるせぇ! うるせえっ……!」
「お陰で、忘れえぬ記憶さ。全部、アンタのお陰……」
 両腕を抑え込まれて、今度も優しいキス。博奕好きのこいつが、普通の恋などするはずがない。もっと奇想天外などんでん返し、もっと奇抜なアイデアが欲しかった。こんなあり得ない話、だからこそもっと強烈なインパクトが必要だった。
「悪いが惚れた相手を苦しめて楽しむほど、オレは人間出来ちゃいねえよ。楽しもうぜ、これからお互い。アンタに惚れた時点で、もう普通からかけ離れてんだ」
「う……。うう……」
 頭は真っ白、もう何を喋ったかなど覚えてない。ただ奇抜なアカギの要求、アホくさくてキモチ悪かったが叶えてやりたいとも思った。結婚や家庭なんてものには、互いに縁がない。だからこそ見てろ、互いにあの世に行く前に今度は涙が止まらないほど笑わせてやる……!

【THE END】

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ