スチームパンクファンタジー(仮)

□第一章
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「ねえ、師匠。今日は夜な夜な、何を修理してらしたんですか?」

修理屋「Vivre」は路地裏にぽつんと存在する小さな個人経営の店だ。主に時計やらラジオやら、持ち運べるような大きさの機械を修理する仕事を承っている。時折出張して大きな機械を直すこともあるらしいが、ニナが此処に世話になって数ヶ月経つも未だ見たことがないのでそれはきっと稀な話なのだと思う。入り組んだ場所にある割には客足が少なくないのはシオンの腕が良い故なのだろう、日々、老若男女、様々な人々が様々な故障品を持ち寄って訪れる。シオンはそれらを地下の作業室で修理しているのだ。

「ああ、それね。これだよ」

シオンはそう言って傍の机に置いておいた古めかしい小さな箱を開けると、中からは沢山の歯車で構成された腕時計が顔を見せる。それは少し金属の錆びた色をしているが、それでいて尚高級品に疎いニナにでも値が張る代物だとわかるほど、上質な物だった。

「ベクタール夫人の腕時計さね。何十年も前に、親御さんに結婚祝いとして貰った物だったんだってさ」
「ほへえ……? それで、直ったんたです?」
「当然だろ、私を誰だと思っているんだい」

夫人にはいつも贔屓にして貰ってるしね。ほら、よく見なよ。さも当然のような(実際に当然なのだろう)顔で、シオンはずい、と、ニナの眼前に時計を近付ける。時計は、かちかちと正確に時を刻んでいた。確かに、言葉の通りに悪い所はもうなさそうである。

「昨日電話があってね。今日引き取りに来るそうだ。使いを寄越してくるんだって。全く、いきなり言うものだから、焦ったよ」

ベクタール夫人はこの辺りでは有名な商人の夫人である。彼女は来店したときには期限を申告しないが、ある日突然電話をかけてきて「明日引き取りに来ます」と言う。それも毎回である。一度不思議に思って本人に聞いたことがあったが、「いやあ、毎回期限を言うのを忘れてしまって。ごめんなさいね」 と朗らかに彼女は笑っていたのをニナは覚えている。
それにしたってこの人は凄いなあ、と思う。高級品というのは、大体は上質な素材を使っていて、尚且つ見た目も美しい物ばかりだ。つまり、それだけ扱いが難しい。ついでに言うとそういうものを持ち込んでくる客も変わった人や気難しい人が多い。そういう人間と上手く付き合いながら、丁寧に、確実に、修理をする。

「まあでも。私の仕事は思い出を治す仕事だからね。人というのは思い出という名の心の拠り所がないと生きていけないものだから」

しっかりやらないとね。そう、シオンは誇らしげに口角を上げた。
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