スチームパンクファンタジー(仮)

□第一章
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あくる日のこと。ニナとシオンは不足分の補充の為、二人で街に出ていた。普段ならばニナだけで外出するものの、今回は仕事に使う細かい部品も買い足すということで、珍しく二人での外出となった。買い物は滞りなく進んだ。それどころか、野菜の安売りをしていた為に予定よりも幾分か金が浮いたのでラッキーだったとも言えるし、シオンはシオンで珍しい部品が手に入ったらしく、心做しかいつもより機嫌が良かった。

「…ね、師匠」

……しかしながら、ニナには気になる事が一つだけあった。というのも、それは故郷を出てから長らくのちょっとした疑問だった。

「あの首飾りって、流行ってるんですか?」

何だか重そうですよね、あれ。そう付け加えて彼女は少し前を歩いている男の首元を見た。彼の細い首には銀色の大きな歯車ががっしりとつけられている。ニナの故郷では見たことがなかったが、少し大きな街へ出るとそれはしばしば見られるようになり、更には此処へ来るとさして珍しいものでもなくなるくらい頻繁に見るようになったのだった。
ふと思い出したかのように発されたそれはニナからすれば至極軽い、何でもないような素朴な問い掛けだった。しかし、シオンは暫く黙りこくっていた。ちらり、横目で表情を伺うと信じらんない! とでも言うような目でニナを見ていたので慌ててサッと目を逸らし、ニナは恐る恐ると言葉を紡いだ。

「……あの、私。……何かいけないことに触れました?」

シオンはその言葉に漸く我に返ったようにハッとして、しかしながらその懐疑の目はそのまま、「……知らないのかい?」と聞く。ニナはこくりと小さく二回、彼女の言葉に頷いた。

「……いやあ、驚いた。まさか知らない人間がいるなんて……。……じゃあ、機械人形、という言葉に聞き覚えは?」

今度は先程とは反対に大きく、ぶるぶると首を横に振る。キカイニンギョウ、という文字だけがニナの頭の中に浮かんだが、どういう意味なのかまでわからなければ全く聞き覚えのない言葉だった。それを見たシオンは呆れたように深く溜息を吐く。

「機械人形っていうのはね、ニナ。その名の通り、機械の人形のことさ」

それを聞いてニナの頭にまず出てきたのはぜんまい仕掛けの小さな子供用の人形である。が、余程間抜けな顔をしていたのか、すぐに「おもちゃとかじゃなくて」と訂正された。

「君が聞いてきた歯車の首輪の人達のことだよ。彼らの事を機械人形って呼ぶのさ」
「? 機械の人形……、って。どう見たって人間だと思うんですけど」
「……嗚呼、そうさね。何処からどう見たって、人間だよ」

外側から見ればね、とシオンは付け足した。
機械人形というものは百十数年程前にとある凄腕技師が生み出した人間そっくりの機械で、彼らは胸元に埋め込まれた特別な鉱石を原動力として動いている。外側から見ると人間そっくりだが、中身を開けば全く違うので、素人目でもわかるよう、簡単に区別する為に歯車の首輪をつけられている。
シオンの話を掻い摘むとそういうことだった。

「へえ……、百十数年からそんな物が。……流石都会、うちのボロ田舎とは全然違うなあ」
「私も流石に驚いたね。これは一般常識の範囲なんだけど」
「いや全く……、聞いたこと無かったです」

ニナは困ったように笑った。ニナの故郷はと言えば、此処からは随分遠い、国境間際にある山奥の村である。そんな場所にあるせいで、外界の人と関わる機会もそう多くなかった。その上、様々な物の機械化が進むこの国において珍しいことに、機械よりは自分達の手でやるという、何ともアナログ派な村であった。ニナは僅かながら村に存在した機械を弄り倒すのが好きで、もっと機械のことを知りたい、触りたい、とわざわざ遠路はるばるやってきたのだ。
そんなわけで、今までかなり狭い世界でしか生きてこなかったニナには、此処で過ごす分の常識が欠けていたのだった。

「機械人形その物を知らなかったんだから、当然この街の政策についてもほぼほぼ知らないんだろうね」

額に手を当ててやれやれとでも言うようにシオンは言うが、しかしながら、それは見事に当たっているのでニナは言い返すこともできずに目を逸らしてしまう。

「この街はね。人間の代わりに彼ら機械人形と協力して仕事なり何なりすることを推奨してるのさ」
「機械人形と、協力……?」
「そんな風に言えば聞こえはいいけどね。実際は奴隷のように扱うみたいなものさね」

奴隷とは随分おかしなことを言うな、とニナはふと思った。聞いた限りでは、それは確かに機械である筈だ。しかし、彼女はまるで機械人形達のことを人間のように話しているのだった。シオンは決してぬいぐるみに話し掛けるようなファンシーなタイプではないし、今まで機械を人間扱いしていたところなんて見たことがないので、それであっているのだと思う。

「……私は反対だね、あんな政策。反吐が出る」

ちらりと見たシオンの横顔はまるで苦虫を噛み潰したようだった。
物は使われてこそ、という言葉を常々口にしているのは彼女である。そして、機械は、物だ。少なくとも、ニナの中では。それ故に、その政策の何が悪いのか、ニナには理解できなかった。
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