短編
□3秒間
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それから程なく聡と麻衣さんは別れた。だからって俺らがくっつく訳でもなく、ただ時間だけが過ぎていった。聡への罪悪感。それが麻衣さんに連絡をする勇気をくれなかったんだ。
その日から聡に連絡を取ることは無かったし、聡からも連絡してはこなかった。
もうあれから1年か…
外は再び寒くなり、あの時に鼻をついた冬の香りとともに麻衣さんとの思い出が蘇る。
部屋で1人、感傷に浸っていると、玄関の開く音がした。
『…聡』
聡「よお、久しぶり」
少しだけ大人っぽくなった聡が俺の部屋に顔を出す。1年見ないだけでこんなに変わるもんなのか…
『…久しぶり。相変わらずインターホンってもんを知らねーみてーだな』
この嫌な空気を濁すように皮肉ってみたけど、効果は無かった。
『で、急にどうした』
聡「…俺が麻衣ととっくに別れたことは知ってんだろ?」
『まあ…残念だったな』
聡「…思ってもないこと口にすんじゃねーよ!全部知ってんだよ!全部…」
『……』
言葉が出なかった。聡への後ろめたさ。後悔していないという気持ち。感情の波が一気に押し寄せて、圧倒していく。
聡「麻衣に振られた時さ、言われたんだ。最低なことをした。でも…でも、零のことが好きなんだって…」
『は…?』
聡「なのに…付き合ってねーってのはどういうことだよ!!お前そんなに腰抜けだったか!?」
『ちが、ちょっと待てよ!俺はお前のことを!』
聡「俺を哀れんだってか!?ふざけんじゃねー!んなこと頼んだ覚えはねーな!!」
『俺は!…俺は、』
とうとうブチ切れた聡が俺の胸ぐらを掴み、壁に追いやる。
聡「俺はあの時悔しかった!悔しかったけど…零がそんなことするなんて、相当惚れてんだなって思ったよ!だから手放せたんだ!!それがなんだ!今になって俺に悪いから?ばかかてめーは!!」
今まで聞いたことも無い程に声を荒らげて怒鳴る聡。
『…っ、』
ふっと正気に戻った聡は俺の胸ぐらから手を離し、後ろに下がった。
聡「…わりー」
『いや…俺が悪いんだ。好きなだけ殴っ…!』
その言葉を言い切る前に聡の右拳が俺の左頬に食い込む。油断していた俺はまともにくらい、床に倒れ込んだ。
『ってぇ…』
聡「…っ!痛っ!!え!殴った方もこんなに痛いの!?いやいやまじかよ!!」
『「ぷっ…あははっ!笑」』
お互いに顔を見合わせ、これでもかってほど笑った。
『聡』
聡「ん?」
『本当にごめん。』
聡「…もういいわ。殴ってすっきりした。俺単純だからさ。笑」
聡の良いところは、本当に友達想いなところだ。それを俺は忘れてたんだな…
聡「あ!やっぱ許さねー!」
『は!?今いい感じに終わろうとしてたじゃねーか!』
聡「…もう、諦めてんのか?」
聡は急に真顔になり、俺を見つめる。
『…諦めきれねーよ』
聡「だろうと思ったわ。麻衣もお前からの連絡、待ってるぞ」
きっと凄く間抜けな面で、聡を見る。
聡「なんて顔してんだよ笑 この前偶然本屋で会ってさ。話したんだよ」
『まじかよ…』
聡「麻衣、すげー悲しそうに言うんだよ。零に借りた本、まだ返せてないんだって。」
その言葉を聞いた途端、俺の中から何かが溢れ出す感覚が体全体を襲う。目に熱いものが溜まってくのがわかった。
聡「ばーか。泣くんじゃねーよ!男だろ!」
『…っ、』
聡「連絡してやれよ」
『…でも、』
聡「でももへったくれもねー!さっさと連絡しろ!これは俺からの命令だ!お前は従うしかねー!俺に悪いことしたんだからな!はっはっは!」
『ほんとお前、ばかだよな…』
聡がずっと俺の親友だった理由を、ようやく思い出せた気がした。
聡「んじゃ、言いたいことも言ったし、零のこと殴れたし、五体満足で帰るわー」
『聡!』
聡がきょとんとした顔でこっちを振り向く。
『…ありがとな』
聡「へっ、ばーろー!照れくせぇじゃねーか!」
『どんなキャラだよ…』
聡「う、うっせ!んじゃな!」
照れ隠しが下手なのも、情に厚いのも、何一つ変わってなかった。
俺は何だか清々しい気持ちで、でも緊張しながら携帯を手に取った。