夢と現の境界線

□01.私と邂逅
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明転
 白い天井が視界に写っている。私はぼんやりとした頭を暫く揺らして、そして父の肉片と茉莉の頭を思い出すと凄まじい吐き気に襲われた。
「ぐっ、ぅえ、ぇっ!」
耐えきれずにベッドサイドに置かれていたステンレスの洗面器に吐き出した。はぁはぁと呼気を漏らす。
ここは、何処だろう。
「目ェ覚めたか」
 勢いよく部屋の隅に逃げようとして、両足首に付けられた枷に気付けなかった所為で、つんのめって頭から地面に落下した。
痛そうな音がした。痛い。
「あ、オイ足枷……。悪い、云うの遅かった」
「痛い……」
「だろうな」
…………………………。
黙り込んだ私と中原さん。空気が少し重い気がした。汚れつちまった悲しみに?いいえ、ただ気不味いだけですね。
 沈黙が下りた間に、私は周囲に目を遣る。
白い部屋。鍵のついた銀色の棚の中に、消毒用と書かれたラベルの貼られた小瓶や脱脂綿、ガーゼ、包帯なんかが見える。
私の脚は足枷で纏められているらしく、足枷から伸びる鎖がベッドの脚元につながれている。鎖の長さは短めで、私の足はこれに引っ張られた所為で地面に頭から落ちる結果になったらしい。
鎖で地面に足が着かないので、非力な腕力だけで寝台によじ登ろうとしてみる。
「ぐっ」
登れない。腕力が足りないらしい。畜生、これだから非力は。ちら、と中原さんを見上げる。はあ、と溜息を吐かれた。 馬鹿にしてるんですか?
「ねぇ、どうして二人で見つめ合ってるの?」
 第三者の声に、私は其方を見た。黒の蓬髪、右目を覆う包帯、左頬のガーゼ、手首から覗く白。黒いジャケットとズボン。扉の前に太宰さんがいた。右の手で、後ろ手に扉を閉めた。扉を開ける音は聞こえなかった。
「うっかり父と親友の死に顔……じゃなく肉片を思い出してゲロってるところに声掛けられて結果頭から落下しました。痛いです」
「否、悪かったって」
「後、単純に自分が殺されかけた上に、実の父と、裏切られたとはいえ元親友を殺されたんです。その犯人を目の前にしてそう会話は続かないと思います。黙って見つめ合ってても違和感ないでしょう」
「否、その理屈は可笑しいだろ。普通はンな淡々と理屈述べらんねぇよ」
「御尤も。ですが、多分私に御用がお有りなのでしょう。だからこうして拘束の上で連れて来た。此処は恐らくポートマフィアの所有する何らかの施設で、私に御用の有る方は組織の上層部の方。私が貴方に殺されかけたのに全力で抗った結果私が異能力者だと云うことが知った、今回私の家を攻め滅ぼした、司令塔の、其方の包帯の方。貴方は私に利用価値があると判断した。故に未だ殺さない。だから私は此処で比較的落ち着いていられる。違いますか?」
今の状況でわかることを総て並べ立てた。
あの広間で、中原さんは耳に嵌めたインカムに向かって、聞いてねェぞ太宰。と云った。つまり彼に指示を飛ばして居たのは太宰さん。
私が意識を飛ばしたその直前、背後で若い声が聞こえた。やけに聞き覚えがあるなぁと思っていたけれど、太宰さんだったのだろう。如何云う心算、というのが如何云う意味なのかは分からない。
「90点、ってところかな。○○さん」
コツコツと音をたてて、太宰さんは医務室のパイプ椅子に腰掛けた。
「答え合わせを求めても?」
「構わないよ。……貴女を連れ帰る提案をしたのは中也、この小さい方だよ」
「オイ太宰、一言余計だ」
「それと此処はポートマフィアの所有する施設じゃなく、ポートマフィア本部。貴女への用事は、端的に云えば、上のお眼鏡に叶うかどうかの見極め待ちだね」
100人の女性が居たとして、100人が落ちるのではないだろうか、といった微笑みを浮かべる太宰さん。ですが生憎、私は太宰治という人物を、この世界で一番か、或いは二番、三番、否、四番目位によく知る人間だ。高確率で落ちないと云ってもいい。
「拒否権無さそうだし、断ったら速攻父と親友の後を追う感じだと思うので、ポートマフィアに所属するに当って、許してほしいことが有るのですが」
 私の御伺いに対し、口許にだけ湛えられたその弧を強める太宰さん。若しかして、私が今から何を求めるのかすら、この人の予想の範囲内なのでしょうか。
「何だい?」
「いえ、そう難しい事ではないのですよ。せめて学業は続けたいな、と」
「はァ?」
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