出航!
□最終章!
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3か月後
……夢が覚めない。
あれから、あの世界での出来事を母に話したりもしてみたが、戻ることもなく、どこのドアを開けても、あの世界には繋がらなかった。
“もとの世界に戻った”
この現実を受け入れるしかなかった。
便利だった回復能力はなくなり、油断して風邪をひいた。
私が留学することで未来が変わってしまったのか、両親は今も健在で、私の留学に向け、母は、フランス語を勉強している。父は相変わらず忙しいが、フランスの大学の学費の安さに驚いていて、“初めからフランスの音楽院に入ればよかったかもな“ なんて笑っていたが、住居費や物価の高さに困惑していた。
大学の方は、セント・アンドルーズ楽団や、グールド先生に散々鍛えられたせいか、実技で困ることはあまりなかった。
そして、驚いたことに、あの祖母が健在だった。
そう、グールド先生にそっくりの祖母である。
前にいた世界では、祖母は私が12歳の時に亡くなっていた。
以前の世界より、医療技術が進歩したのかどうかはよくわからないけど、カトリック系の大きな病院で受けた手術が成功し、再発することもなく今も元気に施設で暮らしている。
コンクール準優勝とフランス留学の報告をしに、施設に行くと、思っていたより祖母は小さかった。
わたしを見つけると嬉しそうに手を振ってくれて、持って行った花束をうっとりと見つめた。
ピンクのスイトピーと深いブルーのアネモネ花束。
トットランドで、お見舞い用にカタクリさんが用意してくれた花束を思い出し、注文してみた。
「すてきね。……あの夢を思い出すわ」
祖母はうっとりとした顔で私を見つめた。
「あなたと、誰だか…かわいらしい男の子と、ピアノ協奏曲を演奏した夢を見たことがあるの!」
「また、母さんその話!?」
父が呆れ顔で、話を遮った。
!?お祖母ちゃん、もしかして、あの世界を知っているの?
お祖母ちゃんの名前は“麻里”。
まり……
マリー・グールド!?
「いいじゃない。もしかしたら、将来アサヒが凄いピアニストになるかもしれないわよ」
「気が早いよ」
「ふふふっ、ねえ、何か飲み物買ってきてよ」
祖母は父に千円札を手渡し、早く行けと言わんばかりに手をひらひらさせた。
父が席を外すと、祖母が私に詰め寄った。
「“スノウ”さん……よね」
私が黙って頷くと、祖母は嬉しそうに笑った。
「私、グールドよ」
と、ウィンクした。
「グールド先生?」
「ようやく思い出したのね、よかった。この話すると、あの子(父)に、ボケ老人扱いされてね……」
「なんか、いろいろ未来が変わってるから、驚いちゃって」
「私も、で、将星とはどうなったの?」
「何もないですよ」
「本当に?」
皺くちゃだが、キラキラした目で私を見つめた。
「あなたたちが消えたと聞いて、てっきり、駆け落ちしたのかと思ったわ。それからすぐに私も戻ってきたけど、それが、今から10年ぐらい前だったかしら? 手術が終わって目が覚めたところだったの」
「私は、3か月前。ねぇ、お祖母ちゃん、どうすれば戻れるの?」
「……何言ってるの!? 戻ってきたばかりじゃないの」
「だって……」
「確かに、あの世界は楽しかったけど、病気も辛かった。そう! あのお医者さん、私のところに来たのよ、入れ墨いっぱいの…」
「‥‥ロー船長?」
「そうそう、あなたのこと聞いてきたわ。だから、教える代わりに、病気を治してって頼んだら、不思議な力で治してくれてね〜。見かけによらず、いい子だったわ。あなたも小さいときに会っている筈なんだけど、覚えてない?」
「……ぜ、全然」
「母さん〜、やめてくれよ〜。アサヒが困ってるじゃないか」
父が、コーヒーとアップルジュースとサイダーをテーブルに置いた。
「うるさいわね〜。あっち行ってて」
「お父さん、大丈夫だから」
「アサヒ、前まで嫌がってたろ〜、我慢しなくていいんだぞ」
「大丈夫、お父さん。留学でしばらく会えなくなるから、お祖母ちゃんとゆっくり話したいの。お父さんは、外でゆっくりしてきていいよ」
「そうか……じゃあ、夕方迎えに行くよ」
父を見送り、祖母と面会時間が終わるまで、あの世界の話をした。
施設に面会にきた子供が忘れていった漫画を見つけ、あの世界は“ワンピースの世界”ということを知った祖母は、全巻そろえ、今も連載を楽しみにしている。
“完結するまでは死ねない“と笑った。
私は、グールド先生に会う以前の、新世界での話や、ノースブルーでの出来事を話した。
漫画でのワンピースは、まだ、ドレスローザ編。
あの人の悪人ぶりを見ながら、ため息をつく。
この頃、私はノースブルーで、ノエルとメイと、お腹の赤ちゃんと、街の交響楽団のピアニストとしての第一歩を踏み出そうとしていた。
本当に、ここは、元いた私の世界なのだろうか……。
違う過去に疑念を抱くも、ワンピースの内容は、以前と変わっている箇所は、私の知る限り皆無だった。