出航!

□第十一章
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カツカツカツカツ……


心配させやがって


フェルナンドが隣の部屋に居ると聞き、ドアを開けると、魔女のような女の膝で、眠るフェルナンドを視界に捉えた。
ここは一声、怒鳴りたい欲求を抑え、近づくが。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠る天使のような表情に、俺はたじろぎ、触れることも声を出すことも出来ずに、ただただ見つめていると、被せていた毛布がフワッと宙を舞った。


「フェルナン起きろ! ママを起こしに行くぞ!」


なにーーー!?
あいつ(ド・フラミンゴ)!!! なに起こしてんだ!!!
奴は、双子たちを引き連れ、スノウの寝室へ楽しそうに入って行った。


天使のような寝顔が、徐々にしかめっ面にかわり、伸びをしながらフェルナンドは目を開けた。


「んん……、ん……砂の……じゃなくて、エドガーさん!? わーーー!ごめんなさい!!!」


俺を見て飛び起き、真っ先に頭を下げ謝った。


クソっ……この歳で……悪いことをしたと、こいつは、ちゃんと分かってんじゃねぇか、あいつには出来ねぇ芸当だ。

“なんて賢い子だと“言って、抱擁したい衝動を抑え、しゃがみ込み顔を近づけた。

綺麗な黒髪が震える頭に、そっと触れると、フェルナンドは、また小さく“ごめんなさい”と謝った。
抱きしめるわけにもいかず、頭をクシャっと撫でると、ゆっくりと顔をあげ、俺を見つめた。
俺と同じ色の瞳。

酷く憂慮したことを話すべきかと思ったが、口から出たのは、たわいもないありきたりな文句だった。

「ど、どこも、怪我はないか」

「大丈夫です。……あの、パパをおこらないで、ぼくも行きたいって言ったから……」


クソっ! あのバカの心配しているのか! 
お前に非はないのに……。



「さっきぶん殴った。もう怒ってない」


不安そうに父親を捜すそぶりを見せるので、いたたまれなくなりつい……。


「今、スノウを起こしに行っている。……おまえも行っていいぞ」

「はい!」


みるみる輝くような笑顔に変わり、嬉しそうにスノウの寝室へ駆けこんでいく後ろ姿に、フッと口元が緩んでしまった。


「あ………」


部屋に居た、魔女のような女と目が合い、気まずい空気がながれる。
この女は……魔女のようだが、身に着けているものからして、メイドではない、確か、ビックマムには娘が39人いたな……だとすると、この国の幹部か?


「ああ、突然で済まない。俺はエドガー卿。今朝港に着き、今、代理の者が入国の手続きをしている。訳あって、スノウ一家をここまで連れてきた」

「そうなの!? びっくりした〜。私はC・ブリュレ。カタクリお兄ちゃんには会った?」

「先ほど、挨拶してきた」

「じゃあ、お兄ちゃん起きてるのね」

「ああ」

「じゃあ、ちょっとお兄ちゃんの顔見てくるわ」


その女は立ち上がると、意外に長身で、しかも、スタスタと鏡の中に入って行った。
能力者か!?


「ああ、そうだった。朝食はパンとかでいいかしら?」


思い出したかのようにひょっこりと鏡から顔を出したその女に、俺は驚きながら頷いた。


スノウの部屋の大きめに作られたソファーは、座り心地が良く、昨夜、一睡もできなかった身体が吸い込まれるように沈んでいった。
胸ポケットから葉巻を取り出し、火を点ける。



「……フーーっ」



新世界、トットランド。
何故、この国にスノウが現れたのか?



あの白い世界と、スノウ(アサヒ)の関係は?

色々、スノウには確かめたいことがある。





「うわっ、煙っ!」

スノウを起こしに行っていたアンドレ(ド・フラミンゴ)が部屋に戻るなり、煙たそうに顔をしかめ、部屋中の窓を開けた。一緒に戻ってきた子供たちからベランダへ逃げると、紺のジャージ姿でボサボサ頭のスノウが、俺を見つけ「ぅわ! ボス! 今、コーヒー淹れますね!」と慌てた。
「コーヒーは後でいい、まず、そのなりをなんとかしろ」と言うと、申し訳なさそうに洗面室へ駆けこんでいった。相変わらず寝相は悪いようだ。
温暖な気候の島と聞いていたが、早朝のせいか、吹き込む風はやや冷たく、寝起きのスノウの大きなくしゃみが聞こえた。


「クハハっ……」


いつ以来だろうか、思わず呆れて、笑ってしまった。





双子たちは、スノウの部屋のドレスを着てはしゃぎ、ピアノを滅茶苦茶に弾いている。やっと会えた母親の傍を離れたくないのか、トイレにまでついていこうとするフェルナンドに、やはりまだまだ子供なんだと、歳相応の行動に安堵した。



「ボスはコーヒーですね」


身支度を終えたスノウは、テキパキとコーヒーを淹れテーブルに置いた。
すでに漂っていたコーヒーの香りと、流石はトットランドの王族の城、深いブルーと緻密なシルバーの装飾のティーセットの美しさに目を奪われた。
コーヒーの味も温度も完璧とおもわれるほど、美味しく、心地よい香りにしばらく目を閉じた。



「うまいだろ」

「お前が言うな」


双子たちが騒ぐ中、コーヒーとココアを持ったスノウが、フェルナンドを膝にのせて一人掛けのソファーに座った。


「ああ、フェルナン!」

幸せそうにフェルナンドを背中から抱きしめたスノウは、依然と変わらず、美しかった。

俺は一瞬、漠然とした違和感を感じた。

それがどこからくるものなのか……考えをめぐらすうちに、目の前のテーブルには朝食が並べられ、今度は双子たちを膝に乗せさっきと同じように抱きしめているスノウを見つめた。

カラフルなフルーツで飾られたパンケーキとシュークリームの雪だるまが添えられたプレートに、子供たちは嬉々とし、子供用の椅子が用意されると、子供たちはそれぞれきちんと座り、俺の顔を見つめた。
この半年の間、最低限の教養を身に着けさせるためと、俺自らテーブルマナーを教え込んだ。
フェルナンド程ではないが、元気な双子たちも、呑み込みが早かった。


「では、いただこうか」

俺が料理に手をつけはじめると、子供たちは静かに食べ始めた。
スノウは、その光景に驚き

「すごいわね! 貴族の家の子みたい」

と言うと、フェルナンドは、俺の顔を見てニッコリと微笑んだ。

「ママをびっくりさせようって、エドガーさんが、おしえてくれたの」

「そうなの、ママ、わたし、すてきなレディーになって、カタクリさまとけっこんするんだから」

双子の姉のアンが、すました顔で答えると、妹のルーシーが

「さきにタッチしたのはあたしだから、あたしがけっこんするの!」

「チューしたのは、あたしがはやかった!」

アンは、キッとルーシーを睨みつけた。


この姉妹、あのコンサートの映像を見て以来、“将星カタクリ“という男をいたく気に入り、事ある毎にこうしたいざこざが絶えない。
……まずいな、この展開は、いつもの姉妹喧嘩がはじまりそうだ。
食事時に怒鳴るのは、あまり良くないが、注意ぐらいしておくか……と考えていると。


「あなたたち、カタクリさんに会ってきたの?」


スノウが、双子たちの会話に入ってきた。
双子たちは嬉しそうに、


『うん! かっこよかった!』(双子)

「具合はどうだった?」

「う〜ん、だいじょぶみたい。いいな〜ママは、カタクリさまと、ず〜〜っといっしょだったんでしょ」(アン)

「ずっとじゃないわよ。カタクリさんは国の警備で忙しいんだから」

「けいび?」(ルーシー)

「国を守ってるの」

『かっこいい〜!』(双子)


双子たちは、目を輝かせてスノウの話を聞いている。
あの男のどこをそんなに気に入っているのだろうか!?
半年ほど世話をしてきたが、双子が俺に飛びつきキスをすることなど、一度も無かった。

“将星カタクリ”

確か、あの男はおれより年上…。
先刻、挨拶程度に会ったが、鍛え抜かれた肉体にあの顔立ち、少し先の未来が見えるという見聞色。
この男とスノウが、半年もの間寝食を共にしていたのにも関わらず、何もないとは……
俺がもし、スノウの夫であったなら、こいつを疑心の表情で睨みつけた事だろう。


「なんでカタクリさんをしってるの?」(スノウ)

「コンサートのとき、ママをサッと、たすけてはこんでたの、かっこよかった!」(ルーシー)

「コンサート観てくれてたんだ! 嬉しい! どうだった?」

スノウが、夫(ド・フラミンゴ)に話を振ると、

「よ、よかった。すげ〜よかった」

と、ぶっきらぼうに答えたのをみて双子たちは

「うそ〜」

「パパ、ママがとられたとおもって、おちこんでたんだよ」


「そうなの!?」

「……ん……ん〜〜〜まあな」


ド・フラミンゴは、きまり悪そうに朝食をがつがつ口に運んだ。
スノウは、その姿を見て微笑み、思い出したかのように俺に頭を下げた。

「ボス、子供たちや、この人を守ってくださってありがとうございます」

「いまさら気にするな。ついでだ、……それと、あとでいろいろと聞きたいことがある」

「はい」

「あと、これから俺の事は、エドガー卿と呼べ」

「はい、ボス! あ!」

「だから、エドガー卿だって」


フェルナンドが笑いながらスノウに言うが、フェルナンドは、たまに俺の事を“砂のおじさん”と呼ぶ。

おじさん……か。
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