出航!

□第十章 トットランド編
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ZZZZZZZZ…




「…んん……」




誰かのいびきで目が覚めた。

 



目の前には白い“柵”があった。
触るとモニョっと弾力のある物体だった。起き上がり、いびきのする方を振り向くと、あの男が牙だらけの口を開け、いびきをかいて、気持ちよさそうに寝ていた。


落ち着け、落ち着け。


まず服に乱れはないから、何もされてはいない。

よし、OK!

この“柵”は、もしかしたら、私の寝相のせいで作られたものかと推測するとして。肩に結ばれた毛布もきっと寝相のせい。


素肌に袖の無い革ジャンで爆睡している、この男は確か“カタクリ”。
四皇ビックマムの息子。
昨日、カップケーキを食べながら思い出した。
なんてところに迷い込んでしまったんだろう!
肩の毛布をほどき、カタクリのお腹にそっと掛けた。
掛けてからふと気づいた。



口元を隠している、あのマフラーがない!

ああっ、私が寝てるうちに、引っ張ってどっかにやっちゃったのかな……急いであちこち見渡すとベッドの足元の方にくしゃくしゃになって落ちていたマフラーを発見。拾って、たたんで枕元にそっと置いた。




ZZZZZ……




部屋を見渡すと、食べかけのカップケーキと、散乱したティーセットが目に入った。

あちゃー、犯人は多分私だ。

そっと柵を乗り越え、水色に銀色の模様が入った素敵なティーセットをトレーに拾い集めた。
昨日は、泣いていて、何がなんだか状況が呑み込めなかったが、少し食べて休んだせいか、何となくではあるが元気が出てきた。
ティーセットを片づけていると、ベッドの横に新聞のコピーらしきものが落ちていた。拾い見てみると、それは懐かしいノースブルーの私の記事だった。

……良かった。

時間軸は狂ってないらしく、私の過去もちゃんとこの世界に存在していたという事実に、心からホッとしていた。
会える。きっと、また会える。



「アンドレ…」


声が漏れた。







「俺の顔をみたな」


いつのまに起きていたのか、カタクリは何もつけずに起き上がり、ベッドの柵を解いて私の前に座った。

牙が飛び出た口元は固く、への字に曲げられている。
そう、この人はこの口がコンプレックスなんだと、徐々に私は漫画での事を思い出していた。

でも、私も負けられない。どうにかしてみんなの元に戻らなきゃならない。



「はい、それがどうしたんですか?」


私も彼の前に座り、まっすぐに見つめた。


「……生かしちゃおけねぇ」

「どうしてですか」

「この顔を、見られたからだ!」

「だから、見たから何だって言うんですか!」



胡坐をかき、腕を組み私をすごい形相でにらみつけている。
私への返答を考えているのか押し黙った。


「一番見られたくないものをお前は見た。それだけだ」


なぜか顔を横に背け、目を閉じた。


「そんな! あなただって、私の寝相の悪いの見たでしょ」






「ぶっ…」



カタクリは、急に吹き出し大きな口を開けて笑い始めた。


「アハハハハ…ブハハハ… …ハハハハハ…  」

「あ、え、そ、そんなに笑う事ないじゃない。ちょっとひどい…」

「アハハハハハハハ……、作曲家兼ピアニスト…アハハハハ…」


そう言って更に笑い転げるので、なんかもうムカついてきた。


「いい加減にしてください!」


睨みつけても、効果は無く、お腹を抱えながらカタクリは笑い転げた。


「誰に向かって口をきいているんだ…アハハハハ…ヒャハハ…」

「なんなんですか一体、あなたは」

「アハハハハ…、俺はカタクリ。ここ、トットランドで粉大臣をしている」

「…そうですか「驚かないのか」

「驚くことばかりで、訳が分かりません」

「そうか。ブハハハ…。お前の事は、一通り調べた。お前の証言に嘘は無いことも分かった。あと、気になるのはお前の夫のことだ」




マズイ!


アンドレの事がバレてしまった!? 
できるだけ動揺を見せないように気をつける。目の前でゴロンと肩ひじをついて寝転がったカタクリを見つめた。


「アンドレのことですか?」

「ああ、そいつが新聞に書かれている、ライサンダー家の当主なのか?」

「いいえ、違います。その記事自体も誤報で、ライサンダー家の当主と私は何も関係はありません。アンドレは、教会で倒れていたところを、私が見つけて介抱したんです」

「行倒れの見ず知らずの男をお前は助けたというのか」

「はい、クリスマスも近かったので」

「ブッ…」



この人、こんなに笑うキャラだったかな…。



「で、身元もわからねぇ奴と、なぜ結婚した」

「なぜって言われても、好きになってしまったんです」

「理由になってない、なぜだ」

「……強いて言えば……すごく優しい人だから」

「そんな理由か、お前は意外とバカなんだな」

「…はい、何とでも仰って下さい」



私も顔を横にそむけた。
カタクリはそれから黙り込み、なにか考えているようだった。

帰りたいと言ったら、返してくれるだろうか?

カタクリを見ると、目が合った。彼はニヤリと笑い立ち上がった。



「とにかくお前の処分は、後で決める」
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