出航!

□第五章 ウォーターセブン編
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「え〜っ、ボス、そんな事言ってたの!」


仮面舞踏会で、ほとんど何も食べていなかった私とダズ。そして、飲み直し組みのロー船長と、ベポを含めて、4人で、帰り道に唯一営業していた飲食店に入った。
テーブル席に、私とダズが並んで座り、私の向かいにロー船長。その隣がベポ。
そのお店は、珍しく看板メニューにラーメンがあったので皆で注文した。
店には、他にお客さんは無く、私たちだけだった。

そんな感じの店内で、ダズから“お前が奴を嫌がってないようだったら、そのままにする予定だった” と聞かされた。


「…そんな簡単に、私が“一晩過ごしたい” とか言うと思ってるのかな……ボス」

私の言葉にダズが……おまえらしいな、と嬉しそうに笑った。


「な〜んだ。そうゆう事だったら。黙って尾行して、王子とやってるとこ、こっそり見れたかもしれねぇな……ハハハっ」

右手で頬杖をつきながら、ロー船長が笑って言った。
なに!? 
このエロ船長!


「トラファルガー……」

ダズがあからさまに嫌な顔をした。

「ハァ〜ッ」

私は呆れて、ため息をついた。

「なんだ、後悔してんのか?」

「…呆れてたんです。船長に!」

「なんだよスノウ。冗談だ! クククっ」


キラキラしたアーサーさんを思い出した。

「アーサーさんいい人なんだけどな……」

「そうなのか?」

ベポが前のめりになり聞き返した。

「ピアノの楽譜とか探すのを手伝ってくれるし、練習もしやすいように、私が来るといつもお店の看板を“Close”にしてくれたりしてくれるの」

「アイツいい奴なんだな」

「アホか、スノウ、下心ありありだぜ! そいつ!」

「なんで?」

「楽譜を探すふりして、お前の胸の谷間覗きこんだり、店に誰も入れないようにして、お前と二人きりになって、イチャつこうとしてんだ!」

「そ、そんなこと考えてたんですか! ロー船長!」

「お、俺!?…俺じゃねぇ! アイツだ! な、ダズ」

……ダズ無言。

「言ったの船長じゃないですか。幻滅です」

「そうだ船長! あの王子、仲間にしましょう!」

「却下だ!」




「ヘイ、ラーメンお待ち!」

店主がラーメンを4つ持ってきた。

「仮面舞踏会の帰りかい?」

「はい!」

「エンジェル財閥の若様が来てるそうだが、見たかい?」

「いいや」

「え、そんな人来てたんですか? あ〜、もっと、ゆっくりしてくれば良かった〜」

「あぁ、そうだな」



ダズは、アーサーが“エンジェル財団の若様“ だと言おうとしたがやめておいた。









店を出て、ヤガラまで歩いた、少し肌寒かった。
ダズがそっとマントを脱ぎ、私に渡す。

「羽織っていろ」

「ありがとう」

船が止めてある岬まで、ヤガラで向かう。舞踏会の歓声が遠くに聞こえた。街の中心街から離れるにつれ、ひと気がなくなり、街灯もまばらになる。
運河の先に、見覚えのある船が止まっていた。柔らかいランプの灯りがいい感じに運河に反射し煌めいていた。

屋台に近づくにつれ、屋台のカウンターに座る影が目に入った。


「ボス!」

ボスが驚いた顔で、こっちを向いたのが見えた。

ダズがヤガラを岸につけ、

「スノウ、行って来い」

と笑った。

早く、謝りたかった。
肩からダズから借りたマントがスルリと落ちたのも気付かなかった。
ヤガラから岸へ飛び移り、ボスのところに向かった。

カウンターに座るボスの横に立った。

「ボス! すみませんでした」

頭を下げた。


「フッ………もう、帰って来たのか」

顔を上げボスの目を見つめた。

「私が、今夜、あの人と付き合うと、本気で思ってました?」

ボスは目をそらし、ワインを飲んだ。そして、ため息混じりにこう言った。

「せっかくチャンスを与えてやったのに、無駄にしやがって。エンジェル財閥の御曹司だぞ」

「は?」

「あの、音楽堂の若造だ!」

「???…アーサーさん? が?」

首を捻る。アーサーが御曹司? 
だから、あんな格好だったの。


「知らなかったのか」

「はい」

「あの若様と、一晩過ごせば少しはマシになるかと思ったが」

私を一瞥し、涼しげな顔で冷たくサラリと言った。

「マシになるって……わたし、そんなにダメですか?」


お酒が入っているせいか、日頃から心につっかえていた本音か、つい口をついてでてしまった。
声が震える。
ドレスの裾を握り締めた。
悔しくて、泣きそうになるのを堪えた。


「……そうは言ってねぇ」


ワインをグッと飲み干し、グラスを乱暴にカウンターに置いた。
明らかにイライラしていて、怒ってる。



「じゃあ、何がいけないんですか!」

涙が溢れる。


「おめぇは知らなすぎる。男のことも、この世界の事も……」

「そんなこと言われても……」










スノウの目から涙がこぼれた。

いけない事なんてひとつも無ぇ。
俺がイラついたのは、あの金髪野郎だ! 
ちゃんと俺の元に戻ってきたスノウを、ただただ抱きしめてぇのに、何をやっているんだ俺は!








「いいかげんにしろよ! クロコダイル」

ダズの乗ったヤガラの隣の、黒いヤガラに、眠ったクマに寄りかかりながら、トラファルガーが面倒臭そうに怒鳴った。
何を見てやがる。

「うるせぇ。トラファルガー、さっさと帰れ!」


「じゃあ……

パッ!

能力を使ったのか、一瞬で屋台にいるスノウの傍に立ち、肩を抱いた。

「…そんなにスノウが他の男と寝てほしいんなら、今晩、俺がこいつを貰って帰る!」


ニヤリと笑った。

「え!?」

スノウは驚き、トラファルガーを見上げる。
トラファルガーは、少しふらつくのかスノウに寄りかかり、目つきが危ねぇ。
この若造が…。

「文句はねぇだ………ろ………うっ………」


言い切る前に、口を押さえ、船の欄干に走り、汚物を吐きだした。


俺もスノウも、呆気にとられた。



こいつ………。
バカか!?












「あ-----------------------船長!」

汚ッ!

申し訳ないが、独特の吐しゃ物臭で、私も気持ち悪くなった。


「おぅぇ〜………うぅ〜〜〜………お」

「ロー船長、飲み過ぎです! もう、タダだからって」

背中をさすると、すごい顔でこっちを向き、私の手を、グッと掴んだ。

「………スノウ、待ってろ………いまから………うおっ………宿に………い………うっ!!!」

また、吐いた。

「うわっ!………もう何言ってんですか!?」


手を振りほどき、後ずさる。
この世界にきてから、ロー船長に対して何度目かの“幻滅”!








肩に何かが掛けられて振り向くと、ボスが立っていた。肩には黒い羽根のついたボスのマントが掛けられていた。


「はぁ〜っ(ため息)
俺に、啖呵をきるのはいいが、その状態で何をどうする、トラファルガー」


呆れた顔で見下した。


「うっ………宿に連れ込んで………うぉっ………朝ま……で」

「フッ………だとよ、行くか?」


ボスが私に嬉しそうに聞いた。


「ロー船長、誘ってくださって申し訳ないですが、今日は………遠慮して、おきますね」

「スノウ………」

ロー船長が、血走った眼でこっちを見た。


「クハハ………帰るぞ、スノウ」

「は、はい」

「大将、すまねぇ」

飲み代を大将に支払った。

「旦那!こんなにいらねぇです」

「こいつらの分だ………船を、汚しちまったしな」

大将が、申し訳なさそうにお代を懐に入れた。

「ダズ、こいつを介抱してやれ」

ロー船長を顎で指した。

「はい」

ダズは、ベポと自分のヤガラを岸に繋ぎ、屋台へ飛び移った。



「なんだと………クソ………うっ」

「スノウと先に船に戻る。頼んだぞ」

私の身体をマントでくるみ、サッと腕に抱き、サラサラっと砂になり、ヤガラに乗り込んだ。









夜のウォーターセブン。
運河をゆったりと進むヤガラ。手綱を持ち、運河の先を見つめる金色の瞳。予想以上に温かいボスの腕の中で、安心したのと慣れない事(ダンスや色々)をした疲れからか、急に睡魔が襲った。


「Zzzz………」














このまま街の宿に連れ込むのもいいが、そうこう考えているうちに、腕の中から静かな寝息が聞こえてきた。
この俺の腕の中で眠るとは、相変わらずいい度胸だ。涙の跡が残る頬を撫でそっと、唇を奪う。


起きねぇ、か………。


唇をまた重ねるも、一向に起きる気配を見せない。慣れねぇ事ばかりで疲れたのか。
幸せそうに眠る表情を見つめる。
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