出航!
□第三章!
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部屋に戻ったのはいいが、何も持ってきてないので洗顔も、保湿クリームも、化粧品もない! 結局何もできずに、部屋のベッドに寝っ転がっていた。
コンコン
ダズが出る。
「何だ」
細めのサングラスの金髪の男の人(シャチさんかな?)が来た。
「シャワー浴びたいだろ、交代でいいぞ! あと、これ。女子用の化粧水とかだって。うちのキャサリンからアサヒじゃなくてスノウちゃんに」
「女が居るのか?」
ダズが聞く。
「残念だが、オカマだ。本名は……ベックリンだ」
「スノウ、どうだ?」
「あ、ありがとうございます!」
ベッドから顔を出した。
「明日には、港に着くからこれで我慢してくれ」
「良かった〜! あとでキャサリンさんに御礼を言いに行きますね」
「おう! あんたのピアノ気に入ってたぜ! あと、あんたのとこのボスの事も。キャサリンに寝取られちまわないようにな!」
「寝取っ………」
固まってるうちに、笑いながら去って行った。
「ボスにはそうゆう趣味はない。安心しろ」
タオルと、さっきもらった化粧水や乳液を持ってシャワー室へ向かった。私が使っている間は、ダズが見張っていてくれている。
潜水艦のお湯は限られているので、お湯にも制限があって一人3分と決められている。壁に注意書きが貼ってあった。でも、どうしてもシャンプーが流れなかったので、後ろめたい気分で、もう3分だけお湯を使わせてもらった。
シャワーを終えて服を着て、軽く化粧水を顔にはたいて出た。
「ダズ! お待たせ!」
髪の毛がまだ濡れていて滴が落ちた。
「ちゃんと乾かさないと風邪ひくぞ」
ダズが優しく言った。
「うん、部屋に行ったらね。ダズも早くシャワー浴びたいでしょ?」
「俺の事は心配するな」
「人の事はすごく心配する癖に」
「ボスからの命令だからな。お前に何かあったら俺が困る」
「はいはい。ねぇ、ダズ。港町に着いたら一緒に変装して買い物に行こうね」
おしゃべりをしてるうちに部屋に着いた。部屋にはボスが戻っていて、ロー船長から借りたであろう分厚い本を読んでいた。
「あ、ボス。戻られたんですね!」
髪の濡れたスノウを見て。
「風呂か?」
「はい、シャワーですけど」
「ボス、先にどうぞ」
「おれはいい、ダズ。先に行け」
「はい」
ダズが部屋を出て、シャワー室に向かった。私は、荷物を置こうとベッドのカーテンを開けた。
「アサヒ」
ボスに呼びとめられた。
あ、スノウですよ! と笑い振り向くと。
「よかった」
本に目を落としながら、太い低い声でボスが一言いった。
ん?
思わず首をかしげると。
「ピアノだ、ったく」
と言って、足を組み替かえ、また本を読み始めた。
「本当ですか!」
「あぁ、また、聞いてやる」
「はいっ!」
「それと、」
「なんですか?」
「いや、いい」
急に難しそうな顔をして、こっちを見つめた。なんだろう、私、何かしたかな?
「フッ、髪だ。さっさと乾かせ、髪」
「あ、そうでした」
しまった!
部屋に戻ってから気づいたのだが、この部屋にはドライヤーが無かった。仕方なく髪の水分をふき取るように、タオルドライで髪をポンポン叩きながら、ふと、思いつた。確かボスの右手は、水分を吸い取る力。その力で、髪の水分を一瞬で吸い取り、乾かす事が出来るのかもしれない。
……でも、ダメだ。ボスの力をそんなことの為に使うなんて。しかも読書中。相当興味深い書物なのか、発光しているかのような鋭い眼差しで、本の文字を追っている。話しかけるなんて出来ない。
……それにしても、ボスの瞳の色って、やや金色がかっていて綺麗。
っと、ボスが不意にこっちを向いた。
「なんだ、さっきからジロジロ見やがって」
バレてた!
もしかして、瞳が綺麗とか、思っちゃったりしたのも……。
「あっ、その、なんでもないです」
「言いたいことがあるならさっさと言え、気になるじゃねぇか」
「多分、聞いたら呆れると思いますので」
「ほぅ。言ってみろ」
まずい。
ボスがあの目で見つめてくる。
ああ、これは何か言わないと気まずい雰囲気。もうここは正直に思った事を言った。
「あのですね、髪を乾かすのが面倒だったので、ボスの能力で髪の水分だけ、吸い取れないかと…」
ボスは一瞬固まり、右手で頭を抱え笑った。
「クハハハ……ハァ〜〜〜(ボスの長いため息) 出来ることは出来るが。髪の毛が無くなってもいいんならな」
「すいません。ボス。だから言ったじゃないですか! 呆れますって」
「ドライヤーはこの船にはねぇのか」
「脱衣所にありました」
「ダズが戻ったら、行って乾かしてこい」
「ボスはシャワーはいいんですか?」
「ああ、用がある」
いつもの表情に戻ったボスの視線は、再び本に移った。
ボスの醸し出すオーラなのか空気なのか、よどみない静寂が部屋を包み込んだ。低いエンジン音さえも心地よく、静かな時間が流れた。
コンコン
「俺だ、入っていいか」
ロー船長の声だった。
「ああ」
ロー船長がジーンズに、ハートの海賊団のマーク入りの黒い長そでのTシャツ姿で現れた。
「これを、使え」
私に何かを渡したので見ていると、ドライヤーだった。
「あ、良かった! 助かります。ありがとうございます! え、でも、なんで?」
ボスと思わず顔を見合わせた。
「すまない。悪気はないが。この船の壁は、構造的に薄くできていて、その、聞こえたんだよ」
「え?」
「さっきの会話だ」
「へ?」
「そうか。スノウ、良かったじゃねぇか」
ボスが、納得したように笑い、本をパタンと閉じた。
「あ、ありがとうございます、でも、聞こえるって………」
「スノウ、あまり気にするな。潜水艇はそれが常識だ。トラファルガー、今、時間空いてるか」
「ああ」
「機関室を見せてもらいたい」
「ああ、いいぞ」
「スノウは部屋の鍵の掛け方は分かるか?」
「はい」
「俺が出たら鍵を掛けて待機だ。いいか」
「はい」
バタン
さっさとボスとロー船長が部屋から出て行った。
部屋に鍵を掛け、ダズを待つ。
“聞こえた”ってことは、隣のロー船長の部屋の音も聞こえるって事よね。隣の部屋の物音なんて、さっきまで全然気にならなかったけど……私たちに気を使ってくれていたのかな。それに、ドライヤーまで用意してくれるなんて。最悪の世代といわれるロー船長の、意外に大人な心遣いに、感激してしまった。
偶然聞こえた。隣の部屋のスノウとクロコダイルの会話。
朝食後、機関室に向かう前の気分転換にいつも部屋で読書をしている。
……女が部屋に戻ってきたようだ。
静かで、口数の少ないクロコダイルとの会話にも慣れているようで、少し間を置いたような、落ち着いた話し声はあの二人の信頼関係によるものだと感じた。
聞き耳を立て聞いていると、クロコダイルの問い詰めに
“髪を乾かすのが面倒だったので、ボスの能力で髪の水分だけ、吸い取れないかと…”
臆せずに言いやがって、面白ぇ。
笑いを堪えるのに苦労した。
狭い潜水艦は、重量を軽くするため、壁も薄く出来ていて、隣の部屋の会話は、まあ、筒抜けだ。
実は、クロコダイル達の部屋を、船長室の隣にしたのも、何か良からぬことを画策したらすぐに対処できるようにするためだった。だが、昨日、今日と奴らを観察しているが、そんな心配は全く無用だった。元七武海とウエストブルーの殺し屋は、予想以上に穏やかで紳士的で、葉巻を吸いたいだの、部屋が狭いだの、我儘すら言わねえ。正直、驚いている。あの女もそうだ。文句の一つでも言うのかと思えば、いちいち、すげぇ喜びやがって。回復能力も興味があるが、あの女、仕草といい、教養といい、絶対海賊じゃねぇよな。
そもそも、なんでクロコダイルと行動を共にしているんだ?
〔アーサー音楽堂〕
-----店の看板はClose
アサヒの死を藤寅から聞き、俺はショックで放心状態だった。
クロコダイルに殺されたって!?
狡猾で冷酷非道!
アサヒでさえも容赦しないのか!
だから海賊は信用できない!!!
あの時、掴んだ手を離さなければ、アサヒは今も……。
ピアノのメロディーやアサヒの笑顔が何度も何度も思い浮かんだ。
「アサヒちゃん……」
コンコン
昼ごろになって、シャチという奴がやってきた。
「食事の用意ができたから。食堂においで」
と、対応したスノウにウィンクしている。
この船の男どもは……。
そいつが出て行くと、すぐに隣の部屋のほうから声が聞こえた。トラファルガーが”ああ、すぐ行く”と返事をするのが聞こえた。筒抜けと言うのは本当らしい。
それからすぐにまた誰かがノックしたので、今度はダズがドアを開けると、黒のボブヘアの大柄なオカマが立っていた。
「あら、あなたダズね。素敵。はじめまして。あたしキャサリン。船長に呼ばれて、スノウちゃんを呼びに来たんだけど」
俺を見るなり。
「いや〜ん、手配書で見るより断然男前!キャー」
廊下中に響き渡る声をあげた。オカマという奴らは、どいつもこいつも騒々しいものなのか。
「キャサリンさん?」
「あらかわいい! あなたがスノウちゃん! 今朝はあたしメイクもしてなくて挨拶出来なかったけど、素敵だったわ〜、あら、寝てた?」
「い、いいえ。化粧水とか色々ありがとうございます」
アサヒは、オカマに対して何の疑問もねぇのか、ベッドからそそくさと降り、微笑んだ。
「じゃあいっしょに、行きましょう。ラ・ン・チ!」
オカマが手を差し出すと、スノウはなんの躊躇もせず手をつなぎ、さっさと部屋から出て行ってしまった。
おいおい、そこはもっと警戒しろ!
「おい、ダズ」
「はい」
「スノウから離れるな。オカマといえども男だ!」
「はい、ボス」
ダズがスノウを追いかけた。
その様子をみて、トラファルガーは笑いながら。
「大丈夫だ! キャサリンのタイプは、おまえだからな!(笑)おまえこそ、あいつに襲われねぇように気を付けるんだな」
トラファルガーと食堂へ向かいながら、ずいぶんと賑やかな船に乗っちまったと、今更ながら後悔した。