出航!

□第十一章
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14 カタクリ編5













ガラガラガラ……











「検温のお時間で〜す」




のどかな看護師の声で私は我に返った。










消えたカタクリ君。

信じられないが、彼は突然行ってしまった。






母は、そのあと嬉しそうにこれまでの経緯や、アサヒとカタクリ君の話を聞いてきた。
……そのまま、夕方まで。
母とこんなに話をしたのはいつ以来だろう。
もっと信じて、もっと優しくしていれば良かったと後悔した。








そして、アサヒに、なんて話せばいい。




きっと、ひどく悲しみ、落ち込むだろう。
悔しい事に、アサヒはカタクリ君のことが“大好き“だったから。
彼を引き留められなかった俺を責めるに違いない。






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家に戻り、ドアを開ける。
出迎えたアサヒが俺の顔を見て、表情を歪めた。




「ゴメン、カタクリ君帰ってしまったよ」













アサヒは、怒り泣きながら部屋に駆け込み、翌日まで出てこなかった。




どうにも出来なかった自分が情けない。父親なのに、なにもしてあげられない。
慶宗くんに封筒を渡し、カタクリ君が帰ったことを告げると、彼も、涙を浮かべ封筒を握りしめた。











“慶宗、お前に出会えてよかった。アサヒを頼む“





「頼まれても、お前にはなれないよ……」


慶宗くんは大きな目に涙を浮かべ唇を噛み締めた。




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白い世界に入った途端、俺は凄いスピードで落下していた。


一瞬、視界が変わり、そこが夜のトットランド、ハクリキ島の上空だという事を理解するまで、1秒とかからなかった。




シュッ

タタン……タタン……


月歩で、城に戻ると、スノウの部屋に明かりが見えた。










スノウ……








開いた窓から、中へ入ると、ブリュレが泣きそうな顔で俺に飛びついた。
後から、スノウの双子の娘たちが俺の足にしがみついた。








「おにいちゃ〜〜〜ん、よがった〜〜戻ってきてくれて〜〜〜」

「カタクリさま〜〜〜、パパは?ママは?」







立ち尽くすスノウの息子と、その世話をしている女と、エドガー卿の側近が深刻な表情で俺を見つめた。





「あれから、どれくらい経ったんだ? 現在の日時は?」

「俺達が異変を感じて戻ってから、6時間だ。」(ダズ)

「6時間!?」








3週間以上は向こうの世界にいたはずなのに……時間軸はバラバラのようだ。







「スノウは?」



ブリュレが首を振った。




「エドガー卿も、お医者さんも、スノウの旦那さんも……」







スノウの息子が、ソファーにちょこんと腰かけ、深くため息をついた。
エドガー卿の側近が、心配からなのかお菓子を勧めたが要らないと首を振った。











「ママは?ママにあった?」




双子が俺を見上げ叫んだ。
双子を庇いながら、胡坐をかいて座ると、双子は膝の上によじ登り俺の腹にしがみついた。







「ママ げんき だった?」(アン)

「ああ」

「なんでつれてこなかったの」(ルーシー)

「そうだな、スノウが、若かったんだ」

『わかかった?』(一同)

「20歳だったんだ」

『はたち?』(アン&ルーシー)


双子はきょとんとした表情をした。


「20だ」

「ママ、29だったよね。じゃあ……」(ルーシー)

「9年前だよ。僕たちが生まれる前だから……」




スノウの息子が静かに言った。

悩んでいるときのアサヒに、横顔がどことなく似ていて、何をどこまで理解しているのか、スノウの息子は考え込むようにどこか一点を見つめていた。












「連れてこられなかった。悪かった」








双子と、スノウの息子に言った。

ため息をつき、頭に手を当て考え込むエドガー卿の側近。
世話役の女は、スノウの息子の隣に座り小さく震える肩を抱きしめた。

先ほどまでスノウ(アサヒ)の世界で、若いスノウと慶宗と楽しく過ごした時間を後ろめたく感じた。












「カタクリさま、わたしたち、どうしよう」

「パパもママも、えどがーきょうも、いなくなったら……」



双子も、幼いなりに保護者不在の生活の不安を心配をしているらしい。





「大丈夫だ」




小さい頭を指で撫でた。





「これからの事は、俺がなんとかする。お前たちは安心してこの城で過ごせ」




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落ち葉の絨毯の中、笑顔で去っていくカタクリさんの背中を見送った時、嫌な予感がしていた。



約束したのに……。



”国に帰るときは、ちゃんと私に言う”


って、約束したのに!!!






そして、一人帰宅した父を、怒鳴りつけた。





「嘘! そんなの、信じられない! なんで言ってくれなかったの!?」






慶宗に電話すると、電話口から慶宗の嗚咽が聞こえてきた。
「俺だって、知らない、なんだよ……カタクリ……ぐすっ……おれ、もっと、おまえと……アサヒと……ずっといられるって……うっ……グスッツ……


「なんで……よしむねにも……ズッ……いわないで……カタクリ……さん……どうじて…………






その晩、どう過ごしたのか分からない程泣いて、気が付くと朝になっていた。
目が覚めても、起き上がれず、そのまま部屋に散乱したティッシュのゴミをぼんやりと見つめていた。
喉が痛い。








夢だったら良かったのに。














ピンポーン

家の呼び鈴が鳴った。



カタクリさん!?
耳をすまし、階下の声に集中した。






「宅配便でーす」









なんだ……
そうだよね、帰ったんだから。もう、いないんだから。

ドアから視線を戻すとずらりと漫画が並んだ本棚が目に入った。



"one piece"



そういえば、受験や大学で忙しくて82巻から買ってなかった。
ルフィたちどこまで冒険してたかな?

カタクリさん、はじめて会ったとき、寒そうなコスプレしてたよね……。トゲトゲいっぱいの。
放置して乾いたパスタを食べてくれて……あの時のお菓子美味しかったな。






フフっ………






















「アサヒ! お花よ!? カタクリ君から」












お母さんの声に飛び起き、階段を駆け下りた。















母の手には、ピンクのスイトピーと、ブルーのアネモネの大きな花束が!




「カタクリさん!」




私が母から受け取り、カードを開いた。


























“トットランドで待っている”















たったこれだけ!?










”トットランド”って……




と落胆していると、母がスマホを見ながらニヤニヤしながら言った。








「ピンクのスイトピーは“門出”、ブルーのアネモネは“固い誓い”の他に“あなたを待っている”だって。なんかいいわね。私も貰ってみたい♪」














門出、固い誓い、あなたを待っている……
















うわぁぁぁぁ〜〜〜〜







あの夜の事を思い出し顔が熱くなった。

花束を抱きしめ二階に駆け上がろうとすると、母が、花瓶を渡してきた。






「大事にすれば、長持ちするから」





花束と花瓶を持って、洗面所に行った。泣きはらした鏡の中の自分を見て、愕然とする。



……ブサイク。



冷たい水で顔を洗い、深呼吸した。
いつまでも悲しんでいても何も変わらない。














”待ってる“









カタクリさんは、待ってる。私を待ってる。





落ち込んでなんていられない!!!
弾かなきゃ……頑張らなくちゃ……カタクリさんのために……いつか、カタクリさんに私の音が届くように!





花束を玄関に飾り、コンクールに向けて私はピアノに向かった。
待ってて、絶対、世界へ、トットランドへ行くから!












トットランドで待ってて!

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