出航!

□第十章 トットランド編
39ページ/39ページ

39


医者も帰り、眠ってしまったスノウを、その夫という男が、器用に糸で作った腕で抱き上げ連れて行った。



もう、夜明けか……



窓から見える空が白んできた。
俺が起きているのがわかっているのか、戻ってきたスノウの夫が静かな声で話しかけてきた。



「…なあ、なんでわざと落ちたんだ?」


その質問に答える気などなく、俺が黙っていると。


「悪かった……。
ここへ来たのは、ただ、あいつの気持ちを確かめにきただけだった。すまない」



スノウの気持ちを確かめに!?
そんなことをせずとも、スノウはお前のことを思い続けていたというのに。



「……お前みたいな“いい男”が、あいつの傍にいると知って、正直、気が気じゃなかった」


俺が“いい男”だと!?


「あいつがお前に心変わりしていたら…
「スノウは、そんな女ではない、心配するな…」


思わず声が出てしまっていた。


「(心配)するにきまってるだろ、城持ちで、イケメンで、強ぇーし……」

「フッ…何を言っている、この顔を見てもそう言えるか?」


手でマフラーをずらし、耳まで裂け、縫い合わされた牙だらけの口を見せた。
立ち上がり俺の顔を覗き込んだスノウの夫は、片腕だが、華奢な身体に、目を隠すほど伸びた綺麗な金髪に整った顔立ち、そしてすっきりとキリリとした口元をしていた。
俺には何一つ無いものを、すべて持っているように思えた。


「こんな俺に、心変わりなどするはずはない……」


すると、スノウの夫は、ふいに自身の前髪を上げ、その目を俺に見せた。

「…その目は…」

「言っておくが、あいつが、外見だけで男を、人を判断する奴じゃねぇ。だから、なおさら心配なんだ」

「…その傷は……どうした」

スノウの夫は、辛そうな表情をした。余程の目にあったのだろう。
これ以上聞くのは酷と判断し、俺は話をつづけた。

「心配せずとも、スノウとは何もない。スノウは、お前たち家族の事をいつも想っていたぞ」

動かなくなったいた腕が動いていたことに、ここでようやく気が付いていた。



糸を操る能力、この男の強さ。
ただの浮浪者ではない。
もしかして、こいつは……!? まさか……


「おまえ、もしやドレスローザの……」


スノウの夫は、驚き、身体を強張らせた。


「どうゆういきさつでスノウの夫になったのかは、スノウから聞いたが、スノウは、お前の正体を知っているのか?」


空気が一瞬にして張り詰めた。
その男の呼吸は荒くなり、くるりと背中を向け、押し殺したような声で苦しそうに話し出した。


「……俺が居ることで、あいつに危害が及ぶのなら、俺はいつでも消える覚悟はある」

「質問の答えにはなってない。スノウは、お前の正体を知っているのか?」


男の肩が震えた。
恐らく、スノウが全てを知ったうえでこの男と結婚したのであれば、この男の素性が明らかにされた場合、スノウにも追及の手が掛かる。
スノウを守るため、俺の質問には答えられぬのだろう。



「……俺をどうする?」


「……スノウが話していた。
“ノースブルーのセント・アンドルーズには寒すぎて海賊も山賊もいない“と。
世界最強の海と名高いノースブルーで? そんなことはあり得ぬ!?
その事に、俺は興味を持ち、図書館で調べてみたんだが……
”ノースブルーは昔から海賊・山賊・マフィアなど組織がはびこり、国を守るために王国は、莫大な予算を防衛に投じている“と記してあった。スノウは、嘘をついているのかと考え、ここ近年のノースブルー、クイーン及び、セント・アンドルーズの海賊・山賊の被害件数を調べてみたところ、ここ4年の間は、ほぼゼロ。都市クイーンの港は、”呪われた港“と呼ばれ、おかしな噂が流れているらしい。……港や街に近づいた賊と呼ばれるもの達ばかりが、急に殺し合いをはじめたり、踊り狂ったように自ら身投げしたり、……一様に、まるで何かに操られているかのような行動をする。と、スノウが、”山賊も海賊も街にはいなかった”というのは、本当らしいと、納得はしたが、疑問が残った。
……4年前。そうか……ちょうど、お前がスノウと結婚した頃だな」


「何が、言いたい」

「お前を責める気は無い。この国は元海賊国家で、国や家族を守るため、俺は幹部として破壊に略奪……ありとあらゆる悪事を行ってきた、いまさら自らを立派な人格者であるとは思ってはいない。ただ、心配なだけだ。お前の正体を知った時、スノウがどれだけショックを受けることか……」

「……」

「事情を全て知ったうえであるなら、俺は黙認するが……」


「……あいつと初めて会ったのは、6年前。新世界のある島だった」


「6年前……スノウは、新世界にいたのか?」

「……俺のせいで名を変え、ノースブルーへ」

「名を、変えていたのか。だからスノウには5年前以前の記録がないのか」

「その一年後、死にかけた俺は、“スノウ”に助けられ、今度は守りてえと思った。あいつだと分ったのは、少し後になってからだった」




「そうか……スノウは、知ったうえで、助けたのか………そうか……かなわないな」


これが運命と呼ぶにふさわしい数奇な巡り合わせと、事実を隠し、その男を守り続けるスノウの、底知れぬ優しさと強さに心が震える程衝撃を受けた。
俺が泣きながら笑うと、その男は振り返り、俺に頭を下げた。



「俺はどうなってもいい、スノウを、あいつらは悪くねぇ」


声を抑えながら涙を流し、俺の前に跪いた。


「……どうする気も無い。安心しろ。……ん」



カツカツ……と、不穏な黒い影が足早にこの部屋へ近づいてくるのが見え、身構える。






コンコン……


返事を返す間もなく、ドアが開いた。

ガチャ






全身黒づくめのマスク姿の男が、つかつかと俺のベッドに歩み寄り、胸に手を当て頭を下げた。


「エドガー卿だ。そこにいる、俺の部下が済まないことをした」


謝ったかと思えば、直ぐにスノウの夫の元へ行き、すごい勢いで殴り飛ばした。
唖然として見ていると、廊下から子供の声が聞こえ、開いていたドアから幼児が二人、部屋に駆け込んできた。


『いっちば〜ん!』

何の躊躇も無く俺のベッドに駆け上がり、マフラーをずり下げ顔を同時に近づけた。



ゴン!

『痛った〜〜〜い』


ふわりとミルクのような甘い香りの、柔かで小さい掌が触れた瞬間、ドクン! と心臓が脈打った。

驚き、起き上がろうとする俺の顔を押さえつけ、右側の子供が「ブチューーー」と頬にキスをした。
それを見た左側の子供も、もう片方に「ブチューーーー」……


「あ! お前ら!? なにやってんだ!?」


スノウの夫が飛んできて、子供を俺から引き剥がした。
そういえば、スノウには双子の娘がいたな……いったい何がどうなっているんだ。



「さきにタッチしたんだから、ルーシーの!」
「チューしたのは、あたしがはやかった!」
「いいからパパはなして!」
「ダメだ、今、この人は怪我してるから」
『え!?』


同時に双子は声を挙げ、俺を見つめた。
やれやれ、やっと静かになると思いきや、


「じゃあ、ルーシーがなおすから、パパ、はなして」
「アンがなおす!」
「ルーシーがやる!」



「いいから、黙れ! フェルナンドはどこだ?」


エドガー卿の一言で場が静まった。
どうやら、双子たちも幼いながら上下関係というものを理解しているようだ。



「隣の部屋だ」

「そうか……騒がしくして済まない、失礼する。お前も行くぞ!」


『え〜〜〜』(双子)




エドガー卿とスノウの家族が去った寝室には、いつもの静寂が訪れた。








「フッ、ハハハ……」


俺の勘違いだったのか?

スノウの子供たちが俺に触れた瞬間、ドクン! と全身を襲った動悸は、スノウ同様、回復能力者の特徴なのだろうか?
それを“恋”と、俺は“勘違い“ ……したのか?



クリスマスが近づくミロワールド
社(やしろ)に突然スノウが現れ、触れた瞬間、動悸がした。

泣きながら眠り、俺の口を見ても驚かず、花のように微笑むスノウ。
ピアノの腕もさることながら、どこまでも正直で謙虚な姿勢に胸を打たれた。


スノウを、知れば知るほど愛おしく、いつまでも一緒に、この国で生きたいと願っていた。
俺だけに向けられる笑顔や、互いの秘密……、時間さえあれば彼女もそれを望まざるを得ないと……。
今思えば、昨夜、“あの子供“を覇気で止めれば、という考えも愚かだったと、己の心の浅ましさに嫌気がさした。
“スノウとマリージョア“ だと!? 
踊らされていた自分が情けない。

鼻の奥が熱くなり、こみ上げてくるものを抑えることなく目を閉じた。


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ