出航!
□第十章 トットランド編
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第10章
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白い世界。
「……うそでしょ、なんで、」
地面に足が着いた瞬間、家のドアが霧のように瞬く間に消え、私は、成すすべもなく立ち尽くした。
以前ここへ来たときと同じく、見渡す限り平面で白い地面は、継ぎ目はなく、石のように固い素材でできている。空も濃淡はなくただ白く、ぼんやりしていると宙に浮いているような不思議な感覚に襲われる。
「フェルナンド、アン、ルーシー…アンドレ。ボス! みんなーーーーー! なんで今なの! どうして! なんなのよーーー!」
しばらく泣き叫ぶも、何も起きない、何もない世界。
公演が終わって家に着いたばかりで、着替えもまだだった。
ロイヤルブルーのドレスに黒の上着、家のスリッパ。その姿ままで私は、この世界に来てしまった。
前回と同様、突然で、何の前触れもない。
でも、今回、分かったことは、“何か”に背中を押された事。
私は、ドアを開けた時、白い世界に気付いて、踏み出すのを留まったはずが、何かに背中を突き飛ばされ、この世界に戻された。
この世界には、何かがいる。
一体、何が目的なのだろうか。
「なんなの。……誰かいるなら返事しなさい!」
声は空しく白に吸い込まれるように消え、ただただ白く空虚な世界があるだけだった。
諦めきれずに私は、その場で待った。
もしかしたら、また、家のドアが現れるんじゃないかと。
何時間待ったのだろうか。
まったく何も変わらない。
そもそも時間という概念が通用する世界なのだろうか?
気が付けば、空腹も感じないし、あったらあったで厄介だけど、トイレとかそういった生理現象もない。
これはいよいよ、“死後の世界“という言葉が脳裏をよぎり始めた。
そうよ、私は約5年前、沖縄のホテルのベランダから落ちたのよ。
さっきまでの出来事が“長い夢” だった、“長い妄想” でした、ということだってありうる。
じゃあ、おとなしくここで、お迎えが来るのを待つべきなのかしら?
白の景色にすがすがしいくらい鮮やかなロイヤルブルーのドレスの裾を握りしめた。
5年間も妄想で………。
やっぱり、妄想とは思えない。
上着を脱ぎ、その場所に置いた。
寒くもない。
“いける”
そう思った。
「きっとどこかにドアがあるはず」
私は、上着を目印にその場を歩き回ることから始めた。
歩幅で数えて100メートルくらい歩くと、もう上着は見えなくなってきて慌てて引き返す。相変わらず世界は変わらず、白く何もない。
白い空を忌々しく睨みつける。
「ぜったい、諦めないから」
今度はさっき行った方向とは逆の方向に歩き出してみた。
すると、遠くの方に何か赤いものが薄っすら見えた。
上着の方を振り返る。
行くべきか、留まるべきか…。
おそらく待っていても何も変わらない。
とにかく行ってみるしかない。
そう心に決めた。
上着が見えるか見えないかぐらいのところで、スリッパを片方置き、歩く。
そしてまた、スリッパが見えるか見えないかぐらいのところで残りのもう片方をおいたが、赤いものが何なのかまだ判別できなかった。ここまで来たからには、とにかく行ってみようと、歩みを進めた。
+
+
+
赤い物体は、やはり、ドアだった。
私の身長より小さく150pくらいで、上部が半円形、ドアノブは丸く金色で、縁に白いマーガレットの花の装飾が散りばめられた、かわいらしいドアだった。
ドアノブに手を掛けるも、もしかして、中に誰かがいたらきっと驚いてしまうかもしれないと思い、手を止める。
それに、マズイ場所だったら……と考えると不安が過った。
深呼吸をして、ドアをノックした。
コンコン
返事は無い。
コンコン
「あの、誰かいますか?」
ドアに耳をあて、聞き耳を立てるも、気配はしない。
「あの、開けますよ、失礼しま……す」
カチャ
ドアは軽い音をたてて開いた。
また、何かに背中を押されたら困るので、ドアの枠にしがみつき、首だけを伸ばし中をそっと覗くと、どこかの室内なのか薄暗く、白い壁が見えた、そして甘い香りが漂っていた。人の気配はなく、床の上に置かれたベッドぐらいのおおきさのカゴには、ピンクや黄色のパステルカラーの巨大なドーナツとカップケーキが詰め込まれ、その脇には、トレーに乗った黄色いストライプ模様の素敵なティーセットが、置かれていた。あのドーナツとカップケーキは、ぬいぐるみか何かかしら?
なんだか、かわいらしいお部屋と思い、こんな部屋に住んでいる子はきっと女の子かもしれないと、期待が膨らんだ。
もう一度声をかけてみた。
「…あの、誰かいますか?」
誰もいない。
どこかもわからない場所なら、安全策として入らない方がいいと思い引き返そうとすると、すごい速さで何かが身体を掴んで、その部屋に引きずり込まれた。
「誰だ!」
予想だにしない太い声と、巨人族かと思われるようなほど大きい男が、掴みながらすごい形相で私を睨みつけた。
閉まりはじめるドア。
「あっ、ドアが! 放し……」
ドクン
不意に力を使ったせいか、その男は驚き手を離した。床に落下したが、幸いにも床は柔らかく、急いでドアに駆け寄るも、無情にもドアはゆっくりと閉じた。
パタン
「ああっ、やだ、どうしよう……」
その部屋のドアは押してもびくともせず、そして、背中に迫る危機からは逃れられそうにもない。
「今のは、なんなんだ」
振り返ると、さっきの男がはるか上から見下ろし睨みつけた。5mはあろうか、規格外に大きい。
……あれ、この人見たことある。
どこで見たか思い出せない。
確かワンピースに出ていた人。
でも、怖くてもう一度顔を見上げるなんて出来ない。
地面がグラッと揺れだした。私の周りの床が盛り上がり、鳥かごのような檻が完成した。
その男は、檻の前に胡坐をかいて座り私を睨んだ。
「まず、お前は、何者だ!」
袖の無い黒い革ジャンに、なぜか身体にはピンクのストライプの入れ墨。トゲトゲのついた腕輪。太ももにはスタックのついたベルトのようなものがグルグル巻きつけられ。ふくらはぎのところにもトゲトゲの輪が付いている。顔半分はマフラーで隠されて口元は見えないが、赤っぽい色の短髪の髪に鋭い眼光。もう、どこかの国の武人にしか見えない。
でも、もしかして、まだあの世界(ワンピースの世界)とつながっているのであれば、またあの場所に、ノースブルーに戻れるかもしれないという希望が少し垣間見えた。
とにかくこの人が誰であれ、ここはもう、腹をくくるしかない。
「私は、ノースブルーのセント・アンドルーズの楽団に所属する、作曲家兼ピアニストのスノウと言います」
その男は、懐から紙を取り出し、サラサラとメモした。
「…どうやって、ここへ来た」
「さっきのドアから来ました」
「……理解に苦しむな。そもそもこの部屋は、外から開けられる造りではない。能力者か?」
「違います。それに私の意志でここに来たわけでもありません」
「あの世界はなんだ」
「わかりません。家の2階のドアを開けたらあの世界に入ってしまったんです」
「家」
「はい。ノースブルーのセント・アンドルーズの自宅です」
「そうか」
意外にも男は、声を荒げることもなく淡々と質問を続けた。
エドワード卿の特別コンサートをしたこと、その後この世界に来てしまったこと。白い世界をさまよったこと……。
話してるうちにあろうことか、お腹が鳴った。
ぐぅ〜〜〜〜
「あ、す、…すいません」
その男は座りながら腕を伸ばし、傍らの大きなカップケーキを掴み、檻の格子をビヨ〜んと広げ中に入れた。パフンと、直径が1メートルぐらいあるチョコマーブルのケーキが幸せそうな音をたてた。
「飲み物は、いま、持ってこさせる」
立ち上がり部屋の壁へ向かった。壁がビヨ〜んと広がり男は出て行った。
この部屋にある、ぬいぐるみか何かと思っていたスイーツが本物のケーキという事に、驚くも、徐々に記憶がよみがえってきていた。
あの男は……。
すぐに男は、手にティーセットを持って戻ってきて、私の檻に入れ、檻の前に座り込んだ。
「なんだ、ケーキは嫌いか」
「いいえ」
「なぜ食べない」
「あの、わたしどうなるんでしょうか?」
「…とにかく、今、お前の身元を調べさせている。それからだ」
「私はただ、家に帰りたいだけなんです」
ぐぅ〜〜〜〜
もう、こんなときにこのタイミングで鳴るなんて、恥ずかしすぎる。
「…強がるのもいい加減にしろ」
「ううっ。い……いただきます」
思いっきりカップケーキにかぶりついた。
「うわっ、美味しい」
思わず嬉々として独り言のつもりで言ったはずが、思いのほか大きな声が出てしまい、はっとしてその男を見ると、目があってしまい、なんだか気まずい雰囲気にそっと目を逸らす。
その男も気まずさを感じ取ったのか、立ち上がり、スタスタと部屋から出て行ってしまった。
いつぶりの食事だろうか。あの日、家に帰って、チキンをひとつつまんだだけだったので、もうお腹が空き過ぎていた。カップケーキのおいしさと、行く先の見えない不安に涙が溢れ出てきた。みんな、どうしているのだろうか。
あの子たちは大丈夫なのだろうか。
アンドレは……。
ぐすっ…うぇ〜〜〜〜ん…
あの男もいないし、カップケーキを抱きしめて、食べながら思いっきり泣いた。