出航!

□第四章 魚人島編
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第4章



ハートの海賊団の黄色い潜水艇は、魚人島へ向けて出航した。

“潜水艇“だから、船を覆うコーティングは不要かと思っていたが、この世界の設定では、潜水艇でも深海1万メートルの水圧には耐えられないらしい。コーティングを終えた潜水艇は、全体が透明なポヨンとした不思議な膜に包まれていた。

ゆっくりと海の中に沈んでゆく船体。
操縦は、ロー船長とベポとボスと数名のクルーが行い、私は、食堂でダズと待機していた。
 食堂には小さな窓が一つあり、そこから海中を覗くことが出来た。

徐々に暗くなる世界。

光?

よくよく見ると、大きな口を開けたアンコウらしき巨大な海王類が視界に入った。私は、叫ぶ余裕もなく硬直した。
“魚人島に行けるなんて夢みたい”なんて甘い事を考えている場合じゃなかった。


「うぁぁぁ………」

操舵室にいるクルーたちの叫び声が聞こえる。
大丈夫なの!? 
と思った瞬間、アンコウは何か(暗くて見えない)と入れ代わったのか、姿を突然消した。
ロー船長の能力だろう。



2時間程過ぎたころ。



休み無く能力を使っていたらしいロー船長が、食堂に来て、ぐったりとベンチに寝転がった。
 一緒に戻ってきたボスが、首元のボタンを外し、カウンターの椅子に腰かけた。

「スノウ、トラファルガーの腕をマッサージしてやれ」

ロー船長にマッサージ……。

正直、ボスやダズ、その他、現実に居た時も、男の人の腕を触るのって、あまりした事がない。
ここでロー船長の腕を触れるって、とってもレアな体験じゃない! と少し喜々とした。

ロー船長は、長椅子に眼を閉じ横になっている。

寝てるのかな?

そぉ〜と近づいて顔を覗きこむと、不意に目を開けた。

「なんだ?」

怪訝そうに言った。

「腕、マッサージするようにボスに言われて……」

顔だけボスの方を見て、手を上げた。

「クロコダイル、サンきゅ」

「あぁ」

ボスが返事をした。

「じゃあ、頼むよ」

ロー船長が右腕を差し出し、目を閉じた。

ロー船長は、顔色が悪く繊細で華奢なイメージだったが、触れた手は意外に大きくゴツゴツと骨っぽく、がっちりとしているのだった。この人も、やはり海賊なんだと改めて思った。

まず、肘から手首までをゆっくりマッサージ。
次に、ロー船長の親指と小指の間に、私の両手の小指を挟み、親指で手の平をモミモミっとマッサージする。

「うゎ、気持ちいい」

ロー船長が、目をとじたまま小さく言った。
誰かの手をマッサージするのも初めてだったし、喜んでもらえるのか不安だったけど、本当に気持ち良さそうで、わたしも嬉しくなった。

「良かった。よく、母がしてくれたんです。指、行きますね」
“DEATH“の刺青が入った指の1本1本を、私の中指、人差し指親指でとキュっ、キュッと指の付け根から指先に移動しながら押していく。これも母がしてくれた時、気持ち良かった。

「はい、次、そっちの手」


母にも、してあげたかったな。
終わった手を、ロー船長のお腹に置くと、もう一方の手を黙って差し出してきた。
さっきと同じ要領で肘から手首までゆっくりマッサージして、手の甲をモミモミ。

Zzzzzz……

あ、“いびき“!?

買い物の時は、感じ悪かったけど、こうして無防備に寝てる姿って、なんか可愛いかも。




ガクン!?



急に船体が大きく揺らいだ!
何が起ったのか、確かな事は、私の身体が宙に浮かび、すごい速さで、ガバッとロー船長が私の頭を押さえるように抱きつき、床に転げ落ちた。


ドンっ

「…うっ(壁にぶつかって)危ねぇ、怪我ねぇか?大丈夫か?」

私に覆いかぶさるようにして頭や、身体を触った。





 ん!?



助けてもらってなんですが……

息、超臭っ!
何食べたの!?


「う、うん、大丈夫、ありがとうございます」

「そうか」

ホッとした顔で微笑んだ。
(でも残念な事に、息超臭い。死にそう)

ボスの視線に、ロー船長は、私から離れ。

「っち」

険しい顔で舌打ちしながら操縦室に、飛んで行った。


「……フッ」

ボスは寝っ転がった私を見下すように笑い。
ロー船長の後を追った。










「なんてこった!」

下降海流に乗ってしばらくは休めると思ってはいたが、目の前には“白い竜”(ホワイト・ストーム)
“まるで生きた竜の様に突然海底に現れるという巨大な白い渦巻”

「くそっ! ルーム」

「トラファルガー! 3時の方向から海王類が来るぜ!」

「よし、タクト!」

巨大ルームに入ったとたん、海王類と船が入れ換わり、海王類が“白い竜”に飲み込まれた。

「危ねぇところだったぜ」

さっきまで日頃の睡眠不足も重なり、立っているのもつらい状態だったが、少し休憩を入れたせいか調子がいい。スノウのマッサージも予想以上に気持ちよく、どさくさに紛れて抱きしめたとき、柔らかな感触といい香りがした。





「わ〜〜ん、船長〜〜〜〜怖かった〜〜〜〜」

ベポやクルーたちは涙目で震えあがっている。

「想像以上だな。グランドラインを逆行するってのは」

クロコダイルが眉間にしわを寄せた。

「あぁ、信じられネぇよ。
 それと、“さっきのマッサージ“気のせいだが、力が湧いてくるぜ」

「そうか、来たぞ」

「ルーム」








私とダズは、海流が落ち着いたのを見計らって、夕食のおにぎりを持って操縦室に向かった。
飲み物は溢すと危ないのでストロー付きのマグに入れて人数分持って行った。
予想以上に操舵室は緊迫していてボスは私に見向きもせず、暗い海と計器類を見つめて、時折、何かに気付きその方向に顔を向ける。

「上だ。まだだ、もう少し、近づいたらだ!」

「ルーム。スキャン。タクト!」

『ふっ〜〜〜』


ほぼ同時に、二人はため息をついた。




「アサヒ。こっちだ」


ふいに“アサヒ”と呼ばれドキッとした。
ボスが手を伸ばしたので、おにぎりをポンと渡した。
それを二口ぐらいでバクバク食べ、また、手を伸ばした。
おにぎりを渡すと、それを食べ、また手を伸ばす。
お茶を渡す。
ストローからお茶を飲み、カップを私に返し、また、手を出した。

おにぎりかな?

「ボス! お腹空いてるんですね!」

おにぎりを載せようとすると、

「違う。マッサージだ」

ちらっと、こっちを見た。

「え、あ、はいっ!」


シャツの袖のボタンを外し、肘から手首、手の甲と、さっきロー船長にした要領でマッサージしていった。
大きな手。
この手に何度、傷つけられ、助けられたのだろうか。
大きな宝石の付いた指輪を4つもつけている。でも、なんで薬指にだけつけてないのかな?

「ボス、薬指には指輪つけないんですか?」

緊張のせいか、変な質問してしまい、言ってからマズいと思った!

「こんな時に、フッ、くだらねぇ事聞くんじゃねぇよ」

予想外に、ボスが少し笑ったのが解った。

「すいません」

手を離し、ボスは操縦に専念した。


その様子を見ていたロー船長が、おにぎりを頬張りながら

「スノウ、俺にも、(モグモグ)もう一回頼む!(モグモグ)いいよな、クロコダイル」

「あぁ、勝手にしろ!」

前を向いたまま返事をした。

「じゃ、スノウ頼む」

腕まくりをして片腕をさし出した。
ロー船長のお気に入りは手の甲をモミモミっ!

「うわっ、いいな〜これ。ずっと、こうしてもらいてぇよ」

「ありがとうございます。」

「船長。ずるいです。次、僕も」

ベポが叫んだ。

「ダメだ。スノウは俺とクロコダイルの専属だ」

「え〜〜そんな〜〜〜」

「うるせー静かにしろ!」(ボス)

静まりかえる。


「来たぞ!2頭だ! 下と左」


ボスの低い声が緊張を高めた。


「スノウ。サンキュな。もういいぞ」


急に真剣な顔になって手を離した。


「ルーム」


サークルが広がる。




船に振動が伝わる。
信じられない大きさの海王類が、ロー船長の能力で激突し、気絶している。

私たちは、そ〜っと操舵室を後にしようと背を向けると。


「スノウ、ここに来い」


ボスの右側の、誰も座ってない操縦席を差した。


「えぇっ、操縦できませんよ!」

「操縦だぁ? 誰がお前なんかに、早くしろ!」

「は、はいっ」


とにかく座ると。ボスは右手で私の手を掴んだ。


「もうすぐだ」


金色の瞳は、まっすぐ闇の中から光る一点を凝視していた。



ドクン…


心臓が高鳴った。
海は静まり、光の量が増してゆく。
きらきらとした空気の泡が潜水艦を包む。
色とりどりのサンゴ礁に、見たこともない鮮やかな魚たちの群れが過ぎてゆく。


「!………」


言葉が出なかった。
こんなにも美しい世界を見たのは初めてかもしれない。

ボスが、掴んでいた手をギュウと握った。
ボスを見ると、目が合ったので笑いかけると、ボスはすぐに目をそらし外を見つめた。冷ややかに見える横顔だけど、握ってくれている手は大きく暖かい。その状態のまま、魚人島に着くまで、美しい海の景色を目に焼き付けた。
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