出航!

□第一章 黒のテンペスト
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1.


 静かなモーター音を響かせ、一艘のボートが闇の中を進む。



 星一つない夜空と黒い水面。ここは海なのか川なのか見当もつかない。
 辺りに光源となるものはなく、漆黒の闇が包み込む。




 隣に座る男は、全身黒づくめで葉巻を咥え、前方を鋭く見つめる。ボートを操縦している男も隣の男と同様に黒づくめ。
 寒さで凍えていた私に、隣の男が掛けてくれたコートはズシリと重く葉巻臭かったが、思いのほか温かく、冷たくなっていた足先も徐々に感覚を取り戻してきていた。
 

 ああ、なんでこんな目に遭っているのだろう。

 私は、つい数時間前まで、沖縄のリゾートホテルでくつろいでいたはずなのに……。








 その日は、勤め先の高校の修学旅行研修で沖縄に来ていた。
 最近の高校生は……という人達もいるが、それは一部で、彼女達は真剣に人生を考え、まっすぐに夢に向かって精進している女の子達だ。まあ、音大付属高校でもあるから彼女達の技術力は勿論、表現力はその道を目指した私にとって初々しく、昔の自分を思い出させた。

 宿泊は、読谷村のリゾートホテル。

 さすが! 有名私立大学付属高校!
 あまり旅行などした事のなかった私にとって、教師になって良かったと思えるひとときである。
 大学3年の時に、突然両親が交通事故で亡くなり、一人っ子だった私は突然一人ぼっちになった。親戚付きあいもほとんどなかったので天涯孤独といっても決して過言ではない。まだ就職先も決まっていない学生だった私は、両親の保険金や貯金で、何とか大学を卒業することができた。ピアニストにはなれなかったけど、でも、教師という選択肢も、きっと、両親は喜んでくれていると思っている。



 各部屋の見回りも終わり、部屋の冷蔵庫から、あらかじめ持ちこんで冷やしておいたコーラのペットボトルを取り出した。
そう、ここは高級リゾートホテル、何もかもが高い!高ずぎる!
 500mlのペッドボトル入りの飲み物が1本ウン百円!?
 
 ありえない!
  
 スーパーに比べたら割高だったけど、昼の観光先の自販機で、今晩同室の同僚の分も、何本かまとめ買いしておいてよかったと心底思った。
 そう、その同僚の英語教師リザは、まだ生徒たちの部屋を見周り中。

 リザは、オーストラリア生まれの、大阪育ち。金髪にグレーの瞳の40代の美女である。その容姿に似合わない大阪弁は、新任で入ってきた私を和ませ、一気に職場に打ち解けるきっかけづくりをしてくれた。もちろん生徒たちにも絶大な人気で、なかなか部屋に戻ってこないのは、おそらく、見まわり先で生徒たちに捕まっているのだろう。



 プシュ



 心地よい音。本当はビールを飲みたいところだが、これでも職務中!


 ゴクリ


「ふぅ…」

 

 サンダルを履いてベランダに出て風に当る。
 
 生暖かい。
 波の音、潮の匂いがふわっと鼻をくすぐる。



 ドクン…


 初めての沖縄旅行に、年甲斐もなくワクワクしたのか、胸が高鳴った。
 天気は曇りのせいか、あいにく星も見えない真っ黒な夜の海。遠くに灯台の灯りが見える。



 ドクンドクン…… 



 動悸がおさまらない。

 疲れたのかな……
 時間を見ようと、スマホをジャージのポケットから取り出し、ボタンを押す。


「っと… 」


 突然地面がグラッと揺れ、景色が歪んだ。
地震!?
 私の手からすり抜けたスマホが、歪んだベランダの柵から、崖の暗闇に落ちて行くのが見えた。


「あっ」


 思った時には、もう、私は、真っ逆さまにベランダの柵を越え暗闇に落ちて行った。









1-1




 気が付くと、全て真っ白な世界に倒れていた。

 手で地面を触れてみると、どうやらここは人工的に作られた、平らな硬い床の上で、握り拳で叩くと、コンコンと低い音がした。辺りを見渡したが、どうにもこうにも何もかも白い。



 ここが俗に言う『天国』?



 起き上がり、辺りを見渡すと遠くの方に鮮やかなピンク色のドアらしきものが見えた。
 とりあえずそちらに向かってみようと一歩踏み出す。


 冷っ!


 足に冷気が伝わり、裸足である事に気がついた。
 服は落ちた時のままのジャージ姿。見渡して、さっきまで履いていたサンダルを探してみたが、見渡す限りの真っ白い世界。ありそうにも無かった。
 サンダルを諦め、そのドアらしきものに近づいて見てみると、だんだん近づくにつれ懐かしさが込み上げた。

 それもそのはず、色も形も、ドラえ○んの“どこで○ドア“ まんまなのだ。



「どこで○ドア!」


 何を想像したのか、その時は、ただドアを開けてみたい感覚に襲われ、ドアノブに手を掛けた。







 ガチャ




 ギィィ……






 思っていたよりも低い嫌な音がした。





 ドアの先を覗くと、その部屋は、予想以上に大きな部屋だった。

 まず、部屋の奥まで続くレトロなガラスケースが目に飛び込んだ。高い天上を見上げると、くすんだような天使の絵や、動物が描かれ、先が見えないくらい奥まで部屋が続いていた。私から向かって右側に、ヨーロッパの宮殿にありがちな深紅の壁に大きな格子窓が並び、金色の刺繍がところどころに入った濃い緑のカーテンが掛けられている。窓際に等間隔に燭台が配置された蝋燭の炎が、静かに輝いていた。

 うわぁ、レトロ!

 きっと、“どこで○ドア“の先が、どこかの美術館か博物館に続いていたのかと、勝手に納得して、すぐに戻れるようにドアを開けたままにして、近くのガラスケースに近づいて中を覗いた。ガラスケースの中には、古い王冠や、装飾品が並んでいる。説明書きみたいなものは、英語かな? もにゃもにゃっとした筆記体で書かれている。




 バタン!



 ドアが閉まってしまった。


 急いでそのドアに戻り開けようとしたが、外側から鍵がかかってしまったのか、何故か開かない。
 でも、あの場所に戻ったところで、あのドアしかないのだから、結局のところここしかない。それにおそらく、私は死んでるし、ここが“死後の世界“という所だとしたら、なんて考えてみたら、なんとかなりそうに思えてきた。

 そう思って振り向き歩き出すと、奥の方に別のドアと黒い人影が目に入った。
 全身黒づくめで、大柄な、男の人。

 この人も、もしかしたら、亡くなった人なのかな? 
 あの部屋から来た人なのかな? 

 その人物はある展示物をジッと見ていた。少しこちらを見たが、すぐに目をガラスケースに戻した。黒髪のオールバック、顔に当てた手には、大きな宝石の付いた指輪がいくつも輝いている。

 お金持ち?

 堀の深い横顔からは、どうやら外国人のよう。声を掛けてみようかと考えたが、近づくにつれ、なんだか異様な雰囲気に怖気づいた。
 それに英語はもちろん、他の外国語もあまり得意ではないので、即効スル―する事に決めた。きっと他にも誰かいる筈。部屋の奥にドアが視界に入ったので、とりあえず次の部屋に行こうと歩みを進める。




 ペタペタ……


 大理石の床に間の抜けた音が響く。


 冷たい。


 死んだはずなのに、こういう感覚って残るものなんだ、なんて考えていると、その男の横まで来ていた。どうやらその男は、宝石を見ていたようだ。大きさは私の握りこぶしくらいで、色から見て、ダイヤモンド(だと思う)。


 本物かな? 


 確かに、一見の価値がありそうだと思ったが、とにかく次のドアに辿り着きたくて急いだ。




 ガシャン!



 え?


 ガラスの割れる音に振り向くと、その男が、宝石を掴み懐にしまっているところだった。
しかも、その男の顔に見覚えがあった。




 顔を横切る大きな傷、巨大な鉤爪、目が合うと人相の悪い顔でニヤリと笑った。






1-2



 計画は順調だった。
 兼ねてから狙いを付けておいたモノは目前。


 警備員を眠らせ、一般客をこの部屋には誰も近づかせないよう、全ての扉に“close”の札を掛けた。
 あとは、ガラスをぶち破り、宝石を奪い、仕掛けておいた爆弾を爆破させ、その隙に逃げる算段だ。



 ギィィ……



 なに!!!


 突然、おかしな格好の女が入ってきた。
 すぐに戻ろうとしたみてぇだが、ドアが開かねえのか、諦めてこっちに来やがった。長い栗色の髪に、白い肌。良く見ると靴も履いてねぇし、キョロキョロして落ち着かネぇ。浮浪者か!?





 ペタペタ……



 っち、やりづれぇ、殺っちまうか?



 いやいや、騒がれたら厄介だ。こいつが通り過ぎたらにしよう。



 宝飾品のガラスケースを覗きながら歩いてくる女の目は明らかに泳いでいた。
 やっぱり、浮浪者か? 
 いや、違う。じゃあ、なんだ?
 俺の事を見てどう思ったのか、立ち止る事無くその女は足早に通り過ぎる。


 さてと……。




 ガシャン




 ガラスケースを破り、すぐさま宝石を懐にしまい顔を上げると、振り向いたその女と目があった。




「あ! え!? ク、クロコダイル!?」



 女の口から洩れた一言を、俺は聞き逃さなかった。


「何者だ!」


 起爆スイッチをonにしてその女の正体を突き止めるため、女に向かった。俺の怒鳴り声に、明らかに驚き、女は怯え硬直した、そして、いとも簡単に捕まえた。


 ドンドンドン……
 ガシャガシャガシャガシャ……
 


 断続的に爆弾が爆発しガラスケースが飛び散る。



「きゃぁぁぁぁぁ〜」

 悲鳴を上げ、逆に俺に抱きついてくるので思わず、マントを被せ飛び散るガラスが刺さるのを防いでやった。聞きてぇ事もあるしな。変わった身なりの割に、髪からは甘い上品な香りがフワリとした。



 女が顔を上げた。



「あ、守って下さったんですか?」



 はぁ?なに寝惚けた事言ってやがる。


「フッ(色々聞きてぇ事もあるし)、人質に怪我でもされちゃ厄介だからな。おとなしくしていれば、何もしねぇ。しばらく付き合ってもらう」



 女を抱え、窓へ向かう。爆発により、大勢の警備員が来るのを察知し、ひとまずこいつを人質にしてここから逃げることにした。



「止まれ!」

「ダメだ! 撃つな! 人質に当る!」

「ですが……人質?」

「こっちだー。催涙弾を」






「サーブルス!」
 
 砂嵐を起し、窓から飛び降りた。




「ぎゃぁぁぁ〜」

 バカみてぇに叫びやがる。




 ドンドンドン……ドンドン…


「っち、撃ちやがって! 人質は意味がねぇようだな」

「じゃぁ、離して下さい」


 震えあがって俺にしがみついてるくせに、よく言うぜ。


「お前に指図される筋合いはねぇ。黙ってろ」



 ドン


「あっ、痛っ! うぅっ、 あ、 うぅ」


 当たったか!?
 致命傷じゃねぇよな。


 女がわき腹を抑え、腕の中で痛がった。温い血が、撃たれた辺りから溢れだした。
 クソっ、急がねぇと、そのまま捨て置いても良かったが、こいつの正体を確かめてからだ。抱き直し、傷口に手を当て止血した。生温かい血が俺の手にしみ込む。




「サーブルス!!!」



 
 銃弾が飛び交う中、巨大な砂嵐を起し、砂煙に紛れ川の方へ向かった。ボートでダズが待機している。
 俺を確認すると、ダズはボートの出力ダイアルをONにし、速度を上げる。砂嵐を二三はなった後、ボートに追いつき、乗り込んだ。
 そして、全速力で川を下る。


 街の中心街から離れ、国境を越え、民家も街灯もない川の下流までは、追手は来なかった。



 これも、計画通り。

 出力ダイアルを止め、ダズがランプを点け振り返った。


「ボス、例のモノは?」

「あぁ、頂いてきた」

「そいつは」

 俺の腕に抱かれた女をチラッと見て言った。

「人質だ」

「殺りますか?」


 女を用済みかと思ったのか、ダズが殺気を露にした。


「まて」

 女は先ほどまで、わき腹を抑え苦しんでいたが、徐々におとなしくなった。まだ身体は温いが、死んだか?
 顔を覗きこむと、涙を浮かべた大きな目で俺を睨んだ。


「なんだ。大丈夫か?」


 女はムスッとした顔で頷いた。さっきまで苦しんでいた筈だったが。
 女を降し、しゃがみ込んで銃弾が当たった箇所らしき所を探した。



「弾はどこに当ったんだ。見せろ」

 女は恐る恐るべったりと血の付着したシャツを上げるも傷は無く、銃弾が一つ、コロンと転がった。
 確かに弾はこいつの脇腹に当ったはず。



「治ってますよね。……やっぱり」


 なんともいえない表情で女が少し笑った。


「能力者か?」

「へ? 能力者って?」

 ポカンと口を開けて、固まっている。


「知らねぇのか? じゃあ、質問を変える。
(そうだ、こいつはおそらくバカだ。)
変な果実。そうフルーツみてぇな形をした、クソ不味い果実を、どこかで食わなかったか?」

 
 バカでも解るように説明をしたつもりだったが…。

「え? もしかしてですけど、その、悪魔の実の事ですか?」

「知ってんじゃねぇか。食ったのか?」

「いいえ、食べてません」

「じゃあ、なんなんだ!」



 首を押さえつけ、顔を近づける。


「わ、わかりません」


 少々手荒だと思ったが、鉤づめを振り上げた。



「痛っ! ああっ」


 同時に女が手を上げたので運悪く鉤爪が女の手の甲を引き裂いた。


「さっさと白状しねぇからだ! ダズ、止血しろ」


 ダズが船の操縦席から立ち上がり、女の手をとろうとすると、それを振り払い。


「なによ! 勝手に人を巻き込んで! おとなしくしてれば、何もしないって言ったくせに! 」


 面倒な事に、急に怒りだし、俺をキッと睨んだ。



 ドクン!
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