出航!

□第一章 黒のテンペスト
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 ボスのコートに包り眠るアサヒという女の顔を、ぼんやり眺めていた。
 狼の群れに襲われて、ボロボロになったこいつの姿を見た時、少し胸が痛んだ。
 俺達と一緒に来なければこんな状況に置かれる事も無く、平和な人生を送ることが出来ただろうに。
 それにこいつは、おそらくおおよその一般人は、俺たちに対し恐怖し、嫌悪感を抱くはず。
なのに、こいつはボスや俺に対して始めこそはビクついていたが、もうそういった負の感情は消えていて、俺に対しても“ありがとう”とか“重くない”とか普通に接してくる。

 それが本当に心の底から言っているのが分るから、余計に、なんともいえない気持ちになる。


 俺は昨日、お前を始末しようとしていたんだぞ。


元七武海で海賊であるクロコダイルと行動を共にしているというのに、こいつは本当に無防備で放っておけない。



















(--アサヒ--)


 昼の間は、危険がないところは、自分で歩くように言われ、二人の後を駆け足で追いかける。

 少しきつかったが、こんなところにおいて行かれても困るので、必死だった。

 夕刻、荒野の丘の上で野宿するとクロコダイルが言い。二人は焚火の準備を始める。
 私は何か役に立てないかと、聞いてみるも、下手に動きまわって怪我されても迷惑だと断られる。
 じゃあ、たき火の番をしますと言い、火が消えないように焚火を見張っていた。

 キャンプは、昨日の場所より草木も生えていて、近くに水場もあった。
例によって、ダズさんが食糧調達の間、クロコダイルと二人きりになった。

 焚火の火で葉巻に火をつけ、くわえ煙をフゥーーーと吐き出した。





「俺たちと、一緒に来る気にはなったか?」



 視線は、焚火に向けられてままで、焚火の火で唯でさえも堀の深い顔立ちが、一層明暗を増し、凄みを帯びている。




「クロコダイルさん達は、いつもこんな生活なんですか?」

「……その呼び方はよせ」



 言い方には怒気は無かった。

 ……じゃあなんて呼べば。

 沈黙が続く。

 沈黙に耐え切れずに、思わず本音が出た。




「……毎日こんな生活じゃ嫌です」


「フッ、正直だな。俺だって参るぜ。次の街では、しばらく休暇をとる。安心しろ」




 ふぅ-――――と煙を吐き出し、空を見上げる。

 無駄な贅肉の無いきりっとした顔立ちに、スッととおった鼻筋、薄い唇。

 こうして見るとクロコダイルは案外男前だ。

 見上げた空の先には、幾千もの星が幽かに輝いていて、その口から吐き出される煙は、ゆっくりと空に消えてゆく。



 クロコダイルが不意に私の方を向いた。



「とりあえず、俺の事は“ボス”と呼べ」


 ニヤリと笑った。


「まだ部下なるなんて言ってません!」


 思わず叫んでしまってから、我に返り、怒られると思いきや、クロコダイルは表情ひとつ変えずに間を置いて。



「フッ……いい加減諦めるんだな」



 ううっ!


 静かに言って、目を閉じ俯いたクロコダイル。焚火に照らされた横顔が悔しいけど、なんか、絵になる。
 正直、この二日間で、漫画で見ていた時の印象とは、まるで違うクロコダイル達に興味が湧いたのも事実。
 全く知らない人物でもないし、思い切って一緒に行ってみる選択もアリかもしれないと考え始めていた。
 でも、ひとつ気がかりなのは、ダズさんのほうで、私が同行するのを至極嫌がっている感じがした。
















 次の日も荒野を駆け抜け、夕方には小さな漁港に辿り着いた。

 ボスが船を調達している間、私はダズさんと二人、海岸沿いの岩場に身を潜めていた。
 ダズさんは私のいる岩場のもう一段高いところに座り、周囲を警戒している。
 私は特に何もすることもないので、ぼんやり海に沈む夕日を眺めていた。
 もちろん、この世界の夕焼けも美しく、オレンジからピンク、紫と、青と、暗くなった東の空には一番星が輝いている。


 ♪ゆうや〜け… 
 メロディーが頭のなかでループしながら、こう思った。


 ああ、ウエストブルーの殺し屋と、こんなに綺麗な夕日を眺める事になるなんて。
 






「ボスには返事をしたのか?」


 不意に話しかけられ、慌ててダズさんを見上げた。ダズさんの顔は夕日を浴びているが、相変わらず無表情だ。


「あ、いえ、まだです」

「お前は、どうしたい?」


 ダズさんは、正直、表情も無表情で何を考えているのか分らない。けれど、初めて会った時の印象とは違い、ダズさんはとても優しくて、口には出さないけど、私にいろいろ気を遣ってくれているのが分かった。

 おそらく、ダズさんは私を連れていくのは反対で、ダズさんが嫌なら私はクロコダイルの誘いは断るつもりでいた。



「あの、ダズさんは、私を連れていくのは反対なんでしょ? ダズさんが反対なら」


「フッ、そんな事を心配していたのか? 俺は、ボスが決めたことに従うだけだ」



 今、笑った! 


 少し崩れた顔は、すぐにもとの無表情に戻った。


「じゃあ、ダズさんは私が一緒でもいいの?」

「かまわない。それに、その呼び方は止めろ。おれはお前の上司でもない」

「なんて呼べばいいですか?」

「ダズでいい。敬語もやめろ」

「わかった。ダズ。フフフッ!」


 呼んでみると、なんだか嬉しくて、親近感が湧いてきた。


「はじめは反対だった。だが、お前はなかなか、その、強いからな」

「強い!?」

「ああ」

「どういうこと?」





 話していると、ボスが戻ってきて、ダズを呼んだ。ダズとボスは一言二言話をし、ダズが戻ってきた。

「行くぞ」




 ダズの気持ちを知って安堵した。

 私を“強い“といったのは色々な意味があって、”能力や心の強さ“だと言った。

 それと、ボスと一緒に居てあれだけ爆睡できる奴は他に見たことがないと。

 私、そんなに爆睡してた?

 ダズはクロコダイルの命令にしか従わないサイボーグみたいなタイプと思っていたが、そうでもなく、こうして私と話をしているのも、おそらく彼の意思なのだろう。

 クロコダイルも、部下にいちいち、口うるさいわけでも、怒鳴り散らす訳でもなく、黙って黙認する。
 まあ、いわゆる大人だ。


 彼らと過ごすうちに気持ちの整理がついてきた(買被りかもしれないが)おそらくクロコダイルは私を開放はしてくれないと思う。
 それならそれで、この人達と一緒に生きるという選択にも興味が湧いた。
 幸運にも、この能力のお陰で死ぬ確率が格段に下がった気がする。どうにかこの世界で生き延びて、元の世界に戻れる方法を見つけ出そう!

 来たんだから戻れるはず!

 つくづく自分が前向きな性格で良かったと思ったのだった。
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