小説(Sengoku)
□朝顔(直江兼続)
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「兼続!・・兼続、・・どこ?」
朝の静けさを破って、屋敷の中から声が響いた。中庭にいた直江兼続は振り返った。声の主はわかっている。尊敬する上杉謙信公の愛娘、葵だ。兼続は返事をする代わりに、屋敷の中を覗き込んだ。
「・・こんな所にいたの?」
あちこちを探したのだろう。軽く息を弾ませて、葵が少しすねた顔をして現れた。
「・・何かあったのですか?」
兼続は、葵の息が整うのを待って尋ねた。
「何をしていたの?」
葵は兼続の問いには答えず、また質問をする。兼続は後ろを振り返り、中庭の隅に目をやった。黄緑色のつる草が伸びている。
「朝顔の蕾を見ていたのです。」
そこにはさほど大きくない朝顔が、小さな蕾をつけていた。
「もう蕾が?」
葵ははしゃいだ声を出し庭へと降りてきた。
「本当ね、可愛いわ!」
自分の背丈ほどにしか伸びていない朝顔を覗き込んで、葵は柔らかな顔をした。兼続はそんな葵を、不思議な思いで眺めていた。彼女の父親である上杉謙信は、穏やかではあるが明るくなかった。どちらかといえば寡黙である。だが葵は、本当に謙信の娘か?と思うほどに、明朗だった。だから彼女は、家臣からも憧れの対象として見られていた。家臣ばかりではなく、近隣の武将からも人気があるらしく、嫁に欲しいという話も少なからずあるようだった。
「ねぇ、何色の花が咲くのかしら?」
本人はそんなことは全く気にしていないようで、毎日を気ままに過ごしているようだった。
「兼続、・・・聞いてる?」
返事をしない兼続に、葵は振り返って言った。
「ああ、まだ固い蕾だからもう少ししないとわからないでしょう。一般的には紫か青が多いようですが。」
苦笑しながらも、兼続は当たり障りのない返事をした。だが、葵はその答えに満足しなかったようだ。
「兼続って、戦場では義だの愛だのって言っているらしいけど、普段はそっけないのね。」
不服そうな表情で、葵は兼続を見た。
「・・・いや、その・・・。」
兼続はどう言った返事をしたらよいかわからず、言葉に詰まってしまった。
「・・・私だから、・・なの?」
覗き込むように顔を見られて、兼続は黙り込んでしまった。葵は大きな瞳でなおも兼続を見つめる。だがすぐに、悲しそうな顔をしてふっと目をそらした。