小説(Haruka)

□桜花爛漫-前編(安倍泰明)
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暖かな午後だった。桜の蕾も膨らみ、春一番が砂埃を巻き上げていた。安倍泰明は龍神の神子に会いに行った帰り、一人歩いていた。ふと目の前を歩いている女性に目が留まった。
「ん?あれは。」
見知った顔だった。
「・・確か神子のところの・・・。」
少し速く歩いて追いつくと、そう声をかけた。人との関わりを好まない泰明にしては珍しいことだった。
「え?・・・あ、泰明様。」
振り向いた彼女は、そこにいる泰明を見て驚いた顔をした。余程のことがないと自分から声をかけない泰明なので、何かあったのかと構えてしまった。
「・・楓だったか・・?」
泰明はゆっくりと彼女の名を呼んだ。
「はい、そうです。」
楓は、泰明が自分の名を覚えていてくれたことが嬉しかった。
「どこかへ行くのか?」
「火之御子社までお供えを届けに行きます。」
楓は手に持った包みを見せた。泰明はそれを見て軽くうなずいた。
「泰明様は?」
「神子の所に行ってきた帰りだ。」
「そうですか、これから家にお帰りですか?」
楓は何を話したらよいかわからなくて、どうでも良いことを聞いている。
「そうだ。」
泰明は短く言って歩き出した。楓もその後ろをついて歩いた。それきり二人は会話のないまま歩いていた。すれ違う人も少なく、ほとんど二人きりの道だった。「ずいぶんと暖かくなりましたね。」
楓は無言に堪えられず、当たり障りのないことを言った。
「お前は、暖かいと嬉しいのか?」
泰明は歩を少し緩めて楓を待つと、不思議そうに楓に聞いた。
「はい、気持ちまで暖かくなりますもの。泰明様はお嫌いですか?」
今度は楓が泰明に聞いた。
「冬は寒く、春になれば暖かくなるのは当たり前だ。好きとか嫌いとかの問題ではない。」
きっぱりと言い切る泰明に、楓は
「泰明様らしいですね。」
と言って笑った。
「変わっている、そう言いたいのであろう?」
泰明はいつものことだ、と言わんばかりに楓を見た。今まで何度も言われてきたことだ。だが楓はやんわりとした笑顔で、泰明を見た。
「いいえ、変わっているなんて思っていません。人はそれぞれ、考えを持っているもの。泰明様は泰明様の考え方があるだけですから。」
楓の意外な返答に、泰明は驚いた。
「変わった娘だ。」
泰明はそう言うと、隣を歩いている楓をまじまじと見た。長い髪を後ろで結び、朱色の着物を着ている。特に美人というわけではないが、かわいらしい顔をしたどこにでもいそうな娘である。
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