小説(OROCHI)
□真夏の雪 (石田三成)
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「失礼します。」
障子の向こうから声がする。
「はい。」
左近が短く返事をすると、ゆっくりと障子が開けられ侍女がお盆を手に入って来た。
「お茶をお持ちしました。」
「ああ、有難う。」
彼女を見つめ、左近が薄く微笑んだ。ゆっくりとしゃがみ込む姿を、三成も見つめている。
「はい、どうぞ。」
それぞれの前へ湯飲みを置くと、彼女は二人をそっと見た。卓の上には書類らしきものが広げられ、何やら相談をしていたようだった。
「・・あの、・・また戦が始まるのですか?」
恐る恐る彼女が問う。それに対し、左近が少しの笑みを浮かべ大きく首を横に振った。
「・・いや、そういうことじゃないんだが。」
「常に現状を把握しておかなければ、いざというときに対処できなくなる。それだけのことだ。」
きっぱりと言い切る三成は、左近の表情とはかけ離れていた。厳しい視線で彼女を見つめ、それからゆっくりと湯飲みを持ち上げた。
「・・・心配しなくていいぜ、菜ノ花(なのか)。・・当分戦はないだろうからな。」
三成の言葉に不安げになった彼女に、左近は安心させるように優しく言った。菜ノ花と呼ばれた彼女は、その言葉にホッとしたように笑顔を見せた。菜ノ花は普通の侍女ではなかった。普段はこうして侍女仕事をしているが、戦となれば戦場に出る。忍び、つまりくのいちだった。名前もまた、本名ではない。ここ豊臣の陣で働くくのいちには、皆花の名前が付けられていた。他に、牡丹や椿などがいる。表だって活動する事が滅多にない彼女達は、万一の事を考えて身元がわからないように仮の名で呼ばれるようになったのだった。
「・・・そうですか。」
安心の言葉を口にして、菜ノ花が立ち上がろうとしたときだった。
「・・おおっ、これは。」
いきなり左近が、大声を出した。手には湯飲みを持ち、なぜか中身を眺めている。
「何だ、いきなり。」
眉間に皺を寄せ、三成がうるさそうに問いかけた。菜ノ花もまた、何か異物が入っていたのかと心配そうに左近を見つめる。