小説(過去拍手)

□うららか (前田慶次)
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「ん〜、良い天気!」

私は空を見上げて大きく伸びをした。大きな曇が2つ3つ浮かんでいる空からは、暖かな日差しが降り注ぎ心まで温かくなるような気がしてくる。

「あれ?慶次さん?」

見回すと、一緒に来たはずの慶次さんの姿が見当たらない。きょろきょろとあちこち探すと、彼は少し離れた木の下に座り込んでいた。

「もう、置いてかれたかと思っちゃった!」

慌てて近寄り声をかけると、慶次さんは豪快な笑い声をたてた。

「はっはっは!・・お前さんを置いて帰るわけがないだろう?」

今日は、慶次さんに誘われて春の野に遊びに来ていた。知り合って三ヶ月、こうやって誘われるのも五回目くらいになっている。

「・・だって慶次さん、どこかに消えちゃうんだもん。」

口を尖らせてみるけど、慶次さんは笑って私を見ているだけだった。

「こんな綺麗な花畑で、そんな顔をしなさんな・・って。」

そう言って、慶次さんは私の腕を引っ張った。不意をつかれて、私は慶次さんの胸に倒れ込む。そっと抱き締めてくれる腕が温かくて、私はそのまま慶次さんに抱きついていた。

「・・春の匂いがするねえ。」

「え、・・私?」

慶次さんの一言で、私は顔をあげて彼を見た。不思議そうに見つめる私の視線を、穏やかに見返している。

「ああ、お前さんは春の使者みたいだ。」

「やだ、もう・・。」

私は照れくさくて、慶次さんの胸から起き上がった。おやおや‥と見守っている慶次さんの隣に座り、同じように春の花畑を眺める。

「春って、いいね。」

「ああ、そうだな。」

「何でも出来そうな気になっちゃうね。」

「・・ん、お前さんは何がしたいんだい?」

そっと顔を覗き込まれて、私はちょっと黙り込んだ。そしてしばらくの後、黙ったまま目を閉じた。

「・・!」

慶次さんが息を飲んだのがわかったけど、私はそのままの姿勢で待っていた。

「・・あ、いや・・その。」

焦る慶次さんの声を聞いて、私は心持ち唇を付き出す。

気づいてるくせに・・。

どれだけ待っても、慶次さんは行動を起こさない。

・・もう、意地悪!

そう言って目を開けようとした時だった。唇に違和感を覚えて、私はそっと目を開けた。

「・・え?」

「はっはっは!」

私が不思議そうな声を出すのと同時に、慶次さんの笑い声が辺りに響いた。

「お前さんの唇があんまり甘いから、蝶が花と間違えたんだな。」

そう、私の唇に蝶が止まっていたのだった。その蝶も、慶次さんの大声に驚いたように飛び去っていく。

「・・欲しかったのは、・・蝶じゃなかったのに・・な。」

呟く私の声に、慶次さんはまた大きな笑い声を上げた。花畑に響く慶次さんの声は、私の心にも響いて。

こんな人の傍で、ずっと一緒にいられたら・・。

そんな事を思いながら、私もまた慶次さんと一緒に笑っていた。

             
             FIN
 

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