小説(捧げ物)
□夢一夜(源頼久)
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「寒くありませんか?もう少しこちらに・・。」
源頼久は彼女をゆっくりと抱き寄せた。月のきれいな夜だった。辺りは不思議なことに人影もなく、静寂した夜を二人で独り占めという感じだった。
「・・頼久さん・・。」
頼久の腕の中で、彼女が安心しきったように目を閉じている。
「どうかしましたか?」
甘えているのだとはわかっても、頼久は彼女の声が聞きたくて問いかけた。
「・・いいえ、なんでも・・。」
そう言う彼女の髪を、頼久はゆっくりと撫でた。ふわりと花の香りが舞い、頼久は誘われるように抱く手に力をこめた。
「あ・ん・・。」
思わずこぼれた彼女の声に、頼久は腕を少し緩めた。そして額の髪をよけて静かに口づけた。彼女は目を閉じたまま、かすかに震えている。
「怖い・・ですか?」
頼久はゆっくりと彼女の耳元でささやいた。彼女は返事をする代わりに首を横に振った。そして頼久の胸に顔をうずめた。頼久はそれを見ると、そのまま彼女の頬に唇をよせた。そして少しのためらいの後、そっと触れた。ピクッと彼女の体が反応する。頼久は彼女の頬に口づけしたまま、また強く抱きしめた。
「頼・久さん・・。」
甘く切ない彼女の声が、頼久の耳元をくすぐった。
「・・・みゆき殿・・、愛しています。」
頼久は頬から唇を離すと、彼女の耳元でささやきそのまま唇を重ねた。
「うわっ!!」
頼久は、そこで目を覚ました。額にうっすらと汗をかいている。
何だ今の夢は・・・。
みゆきっていう女性は誰だ?
はっきりと顔も覚えていたが、知らない顔だった。
「ふぅっ・・。」
ため息をついて起き上がった。身支度をしながらも、頭の中には夢がぐるぐると回っている。
「・・くっ、駄目だ!」
頭を強く振って外に出た。気持ちを切り替えようと走り出した。ようやく夜が明けた町は、白いもやに包まれている。無心で走り、気がつくと森の中にいた。一本の木の下まで来て、ようやく止まった。木の根元に腰を下ろし、手ぬぐいで汗を拭いた。
「はぁーっ・・。」
再びため息をついた。手ぬぐいを右手に持ちじっと見つめる。そっと手ぬぐいを離すと、手の中に夢の中の彼女のぬくもりが思い出された。その手で自分の唇に触れた。感覚がよみがえってくる。
「何をしておるのじゃ?」
「うわあ!!」
いきなり木の上から声をかけられ、頼久は思いっきりのけぞった。
「小天狗殿!」
頼久は木を見上げ声の主を確かめる。小天狗はひらりと飛び降り頼久の前に来た。