小説(Haruka)

□桜花爛漫-前編(安倍泰明)
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「えっ、手ぬぐい?」
楓は泰明の言葉を繰り返した。そして考えた。
「あの時の?」
先日、蛇を退治してもらったときに貸した手ぬぐいだった。だがそれは、貸したものとは違うものだった。
「これは私の物ではないのですが。」
貸したものは、薄い桃色に隅に小さなスミレが染めてあるものだったが、これは黄緑色に桜の模様だった。
「あれは汚れてしまったから、新しいものを買ってきた。・・・お前は、桜が好きだと言っていただろう?」
かすかに照れたような表情で手ぬぐいを差し出した泰明は、楓が受け取るとそのまま帰ろうとした。
「あ・あの泰明様。」
楓は慌てて声をかけた。その声で泰明は振り向いた。
「お気遣い有難うございます。」
嬉しそうに手ぬぐいを胸に抱き、楓はお礼を言った。手ぬぐいをもらったことも嬉しかったが、桜が好きだと話したことを覚えていてくれたことがもっと嬉しかった。泰明はゆっくりとうなずくと、部屋を出て行った。
「神子様、何かあったのですか?」
藤姫はわからないという顔で、あかねに聞いた。
「う〜ん、何というか・・・。」
あかねも、どう言ったらいいか考えている。
「でも私、あのような泰明殿の顔を初めて見ましたわ。」
藤姫はそんなあかねの反応に何かを察したらしく、話を変えた。
「うん、そうだね。私も初めて見た。」
二人は泰明のかすかに照れた顔を、しっかりと見ていた。だがあかねはそれ以上に、楓の慌てぶりや嬉しそうな顔のほうが意外だった。楓はあかねと年はそんなに変わらないのに、大人びてしっかりとしていた。どんなことにでも慌てたりしないで、冷静で感情をあまり出さない方だった。それが最近は、妙にそわそわしたり落ち着きがなかった。
恋をすると変わるのかな?
今の楓さんの方が、きっと本当の楓さんよね!
あかねはそんな楓を、自分のことのように嬉しく思っていた。

それから、2・3日したある日のことだった。
「おーい、あかね!いるか?」
大きな声でイノリが入ってきた。
「イノリ殿、そのような大きな声を出さなくとも・・・。」
藤姫が驚いた顔で後ろから声を掛けた。
「どうしたの?イノリくん。」
あかねが見ると、イノリは後ろ手で泰明を引っ張っていた。
「泰明さんも一緒なんだ。」
詩紋は泰明を見て、こんにちはと挨拶をした。
「門のところにいたから連れて来たぜ。」
泰明はイノリに連れられ、少し不服そうな顔をしている。
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