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□わがまま
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※わがまま※




「行っちゃいやだっ。一人は寂しいよ」

 帰ろうとするイギリスの服の袖を掴んで駄々を捏ねる。
 どんなに泣いて頼んでも忙しいイギリスは帰ってしまうとわかっていても、言わずにはいられない。
 イギリスが帰ってしまったら、おなかが減ってもご飯を作っても貰えないし、夜も一緒に寝てもらえない、暗い夜も一人ぼっちだ。
 格好悪いと思っても、子供っぽいと思っても、子供なんだから仕方がないんだと、イギリスの服の袖で涙をぬぐう。

「すぐにまた来るからな」
「……いやだ」
「ごめんな。どうしても外せない仕事があるんだ」

 イギリスの顔を涙で滲んだ瞳で見上げて、嫌だと言おうと思っていたのに、泣き出しそうな困った顔をするイギリスのせいで仕方なくしがみついていた手を離す。

「本当にすぐだから、アメリカが寂しいって思う前にくるからな」
「……うん」

 ウソだとわかっていても、優しく頭を撫でられればそれ以上駄々を捏ねることができない。
 ずるいな。と思う。
 大人はわがままばっかりで、子供のいうことなんて聞いてくれない。
 大人の事情とか言う理由にもならない理由ですぐにウソを付く。
 そのころは子供だから仕方ないと思っていた。
 だから早く大人になりたかった。
 ……大人になったらたくさんわがままを言って、ずっとボクだけのイギリスでいてもらうんだ。
 ぐしぐしと止まらない涙を服の袖で拭いながら船で去っていくイギリスの背中を睨みつける。
 早く大人になりたい。
 早く……

 **********

 大きな家具の並ぶ広い部屋。
 ソファはいくつもあるというのに、アメリカは刺繍を始めたイギリスの真横に膝を抱えて座り込み、その身体に背中からもたれかかっていた。
 むぎゅーっと広いソファの隅で刺繍をしているイギリスの身体がアメリカに押されて斜めになりながらぷるぷると小刻みに震えている。

「……重い」

 体格差の関係もあり、かなり重いはずなのだが、自分が動くのは悔しいのか薄っすらと汗をかきながらも同じ場所で刺繍を続けるイギリスへとアメリカは軽く視線を向けた。

「失礼だな。君は。俺は最近ダイエットに励んでいるから重くないんだぞ」

 運動したらおなかが減るので食べる量も増量中のアメリカを、やっと刺繍の手を止めたイギリスが眉を潜めるようにして見返す。

「お前……また、変な色した薬とか、変な材料の食べ物とかを食ってるんじゃないだろうな」

 刺繍の手を止めてくれたことに僅かに口元を緩めながらも、わざとつーんと視線を逸らす。

「何を食べようと俺の勝手だぞ」
「……」

 イギリスがムッとしたのが空気でわかる。
 手元の刺繍ではなくアメリカを見つめて、アメリカのことだけを考えている。

「……ダイエットがしたいなら俺が食事を届けてやってもいいぞ」

 ぽつりと聞こえてくる予想通りの言葉にちらりと視線だけをイギリスへと向けた。

「べ、別にお前のためじゃないんだからな、昔の属国が太っているっていうのが気に入らないだけだから」

 薄っすらと頬を赤く染めてさらに続けられる言葉も予想通りで、ついによによと緩みそうになる顔を引き締める。

「君の食事は不味いから食べたくないんだぞ」
「っ……」

 赤くなっていた顔がすぐに悔しそうに歪む。
 子供のころに見た困ったような顔ではなく怒っているのに、やっぱりどこか泣き出しそうに見えてしまう顔。
 どきどきする。
 もっと見ていたいけれど、同じくらい胸がちくちくと痛むからわざとらしく明るい顔で笑って見せる。

「でも、出来立てならまだ食べられるから、君が毎日俺のところに作りに来てくれれば食べてもいいぞ」
「な、わがままなこと言ってんじゃねぇよ」
「作ってくれないのなら、食べないんだぞ」

 ぷーんっとまた顔を背けるアメリカを悔しそうにイギリスが睨みつける。

「お前、わがまま過ぎだろ。まったく、……帰りはお前が送れよ」

 呆れたように言いながらも、結局はアメリカのわがままを聞いてくれるイギリスに我慢できずにによによと笑みが深まる。
 子供はわがままが言えない。
 けれど、それは仕方がない。だって、子供なんだから、力もないし、知識もない。
 でも、もう、大人だから……

「わがままでも仕方ないんだぞ」
「仕方ないわけあるかーっ」

 むぎゅーっとますます体重をかけてイギリスを押しつぶしながら言った言葉に、イギリスが何かわめいているが、細かいことは気にしない。
 痛くて、悲しくて、寂しい思いをしてまで大人になったんだから、子供の時に我慢したことを全部しないと損だと思う。
 だから、一番したかったことを……

「イギリスっ、今日はここに泊まるんだぞ」
「え? は? もともとそのつもりじゃ……て、重いっ」
「暴れると眠れないんだぞ」
「おいっ、ここって俺の上かっ……重いって言ってるだろ。メタボっ!! 動けないと紅茶も入れれないし、食事も作れないだろーっ

 じたばたと身体の下で暴れるイギリスを無視して目を閉じる。
 暖かな体温と、怒鳴っていても甘い声。

『行っちゃいやだっ。一人は寂しいよ』
『ごめんな。どうしても外せない仕事があるんだ』

 えーいっと、記憶の中のイギリスごと暴れるイギリスを大きくなった身体で押しつぶす。
 じたじたと暴れても……

「だから、重いだろ。真上に乗るな。ここで寝てもいいから、少し横に寄れ」

 最後にはアメリカが勝つと決まっている。
 だって、俺は大人で、ヒーローだから無敵なんだぞ。
 僅かに身体を回転させて、イギリスを抱きしめながら、次はどんなわがままを言おうかなと考えながら満足そうに眠るアメリカだった。




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