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□M-maple syrup
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※M−maple syrup※




「あまっ……」

 小瓶の液体がついた指を舐めながら小さく零す。
 ハロウィン用のお菓子を作ろうとカナダから手に入れたメープルシロップだったが、少し味付けをとかぼちゃを混ぜたのが失敗だったかもしれない。
 甘い方が美味しいだろうと、どろどろに甘く溶かしたかぼちゃジャムもこれでは台無しだ。
 なんて気にするだけ無駄かもしれないが。

「毎年誰もこないもんなぁ。どうせうちの菓子はまずいよ」

 いじいじと暗くいじけながらも、テーブルの上にはものすごく甘いかぼちゃ風味のメープルシロップに手作りの熱々マフィンとイギリス手作りのお菓子が並んでいる。
 子供を怖がらせないように気を使って仮装もしてないというのに、これでは意味がない。
 まぁ、あいつはくるかと……毎年やってくる相手を時計を眺めるようにして待つ。

 カチカチカチカチ。

 時計の音だけが大きく響く。
 しまったな。ちょっと早く作りすぎたかもしれない。

 カチカチカチカチ。

 せっかくアイツ好みに甘くしたジャムまで冷えてしまう。冷えてもおいしいからいいと思うんだが。

 カチカチカチカチ。
 カチカチカチカチ。

 夢の時間を終わらせる針が徐々に上へと向かっていく。
 その時、コンコンと扉が叩かれる音が響いた。

「っ……別に待ってたわけじゃないんだからな」

 何も聞かれていないのにそういいながら扉を開けたイギリスは視線の先に誰もいないのに気づいて目を瞬いた。
 その服の裾をむぎゅむぎゅと誰かが引っ張る。

「どこ見てるですか。ほら、お化けですよ」
「ちょっ、シー君っ」

 見上げていた視線を僅かに落とせば、白いシーツをかぶっただけのイギリスによくにた少年がイギリスの服を引っ張り。その後ろでは人のよさそうな少年が必死に服を引っ張る少年を止めていた。

「……ああ、お前か。子供は寝る時間だろ」
「お前かじゃないですよ。イギリスのところなんて誰も来てくれないだろうから最後に来てやったですよ。トリックオアトリートなんですから、お菓子をよこすですよ」

 はいっと手を差し出す相手に別の少年の面影が重なる。
 アイツはもう少し可愛かった気もするんだが……

「はいはい。少し待ってろ。いくついるんだ?」

 用意してはいたものの、誰もこないと思っていたから持ち帰りようの菓子の準備はしていなかった。
 アイツだったら食べて帰るだろうし。
 慌てて紙袋にマフィンといくつかの小瓶に分けて作ったジャムとクリームを入れようとしたらがばっと皿ごと奪われた。

「どうせ誰も食べないんだから僕が食べてあげますよ」

 クリームとジャムをだばだばとかけながら皿を抱えてもふもふと世界中で不人気のマフィンを嬉しそうに食べる少年に目を瞬く。
 やっぱりアイツの子供のころの姿と重なる。もっと素直だったけれど、やってることは同じだ。
 もう、こんな顔で食べてはくれないけれど……

「シー君っ。それじゃ泥棒だよ。お皿は返さないとっ」
「ああ、いい。いい」

 少しずれたことを突っ込んでいるもう一人の少年に別にいいと軽く手を振る。
 他のパーティに誘われて遅くなったといって現れたことはあったが、ここまで遅い時間はなかった。
 何より、夢の時間はもう終わりだ。
 食べられないで残るより欲しがっている人に貰われた方が嬉しい。

「はふぅっ、さすがに全部は食べられないですよ。もって帰るから袋に入れるですよ」
「どこまでずうずうしいのっ」

 はいっと三分の一ほど残った皿を差し出す少年に苦笑が浮かぶ。

「はいはい。ジャムはどうするんだ」
「ジャムとクリームも入れるですよ」

 早く。早く。とせかす相手にくすっと笑みが浮かぶ。

「何笑っているですかっ。シー君は食べたくないけどイギリスが可哀想だから貰って帰ってあげるですよ。感謝するですよっ」
「はいはい。わかったわかった」

 紙袋に冷えたマフィンとジャムとクリームの瓶を詰めて少年に渡す。

「わーいっ!! じゃないですよっ」

 一瞬喜びそうになって慌てて表情を拗ねた顔に変えた少年は袋を抱えてもう一人の少年の前を駆け出していく。

「シー君っ。あ、おじゃましました」
「ラトビアも食べるですよ。けっこうおいしいですよ」
「え、……あ、僕はおなかいっぱいだから。わ、口に入れないでよっ」

 持ち帰りの袋を開けて菓子を差し出す少年とあわあわしている少年の二人組みを見送りながらゆっくりと扉を閉める。
 多めに作ったジャムとクリームの小瓶たちとからっぽの皿。
 毎年、この前にはぶつぶつ文句を言う背の高いがっしりとした姿があったのに、今はイギリス以外誰もいない。

 カチカチカチカチ。

 時計の音だけが煩く響く。

「……もう飽きたってことだよな。て、今更か……」

 小さく溜息が零れる。
 わかっていても目にすると胸が痛い。
 カチンと針が今日の終わりを知らせたところで空の皿を片付けようと手を伸ばした。と、どうじにバタンと大きな音とともに扉が叩き開けられた。




ハロウィンイベントで書いた小説です。




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