書棚-小説-
□clock
1ページ/1ページ
※clock※
胸が痛いほど、一人のことしか考えられない。
『愛している』
そう零された言葉がまったくの本当だとは思ってもいなかったのに、騙されたと気づいた今はチリチリとした痛みと共に蘇る。
欲しかったのはスリル。
死ぬことよりも退屈を憎む。
それでも……このままの時間が続けばいいと思ったのも本当で。
今も、今でも……あの刺激的な男から離れられない。
人通りの激しいカフェの席。広げた新聞。飲みさしのコーヒー。珍しくもない光景に混じったまま、ライナーは柔らかな色合いの視線を通りへと投げる。
口に咥えた煙草の灰が新聞へと黒い後を残す前に待ち人は冷たい相貌を氷のように凍らせたままライナーの横へと立つ。
左側に立つのは訓練された結果か。敵の利き腕側に立たないのはスパイとしては常識だ。一拍の差が死を分ける。
(俺、左手でも撃てるんだけどねぇ)
ぽつっと思ったことを顔にも出さずに、ライナーは煙草を指へと挟んだまま視線を向ける。
「そんな怖い顔をしたら美人が台無しだろ?」
軽く響く声に、綺麗な眉がぴくっと僅かに震える。
それすら嬉しいと言ったら、顔すら見せてくれなくなりそうだ。
「いつからスリに転職したんだ?」
「昨日から。誰かさんのおかげで仕事がなくて困ってるからさぁ。できることをしなくっちゃって感じ?」
軽く言った言葉に返されるのは冷たい眼差し。
昔に向けられたものとはまったく違う本音の視線。
「座ったら? 目立つの嫌いだろ?」
「お前が返すものを返せばすむ話だ」
「別に、大事な情報も入ってなかったぞ?」
「時計がないと不便だという発想はないのか?」
たんたんと、感情のないまま交わされる言葉。
表情も声も……興味がないと言われているようで、少し……へこむ。そして、姑息な手段を使ってでしか、気を引くこともできない自分にも……
胸のポケットから銀の懐中時計を取り出す。
図書館ですれ違うついでに頂いたそれは、時計としても十分に価値のあるものだったから、ライナーはただ待っていればよかった。昔、何度も出逢った場所で。
「返していいけど、前のときみたいに愛してるって言ってくれる?」
「バカだな」
「断定系? ひどっ……俺、泣くぞ」
「私が行った後なら好きにするといい」
「まぁ、そうくると思ってたけど」
指で時計を軽く揺らしてから相手のポケットへと滑り込ませる。
別に欲しかったわけじゃない。その気持ちを少しでも自分の上へと留まらせることができれば、ライナーの勝ちだ。
「相変わらず訳の分からない男だな」
「俺もそう思う」
もう行っていいと言うように手を振り追い払う動作をするライナーにすっとジョレルの眉が上がる。
それにも気づかずに溜息を零す。
(俺って……何したいんだろうねぇ? 情緒不安定? いやーんっ)
その胸元に妙に白い指が絡む。それに驚く間もなく襟首を掴み上げられると同時にその唇へと冷たい唇の感触が重なった。
「っ……なななななななっ」
真っ赤になって硬直するライナーの前で氷の女神は楽しそうな笑みを向けてくれる。
(こういう時の笑顔だけがむちゃくちゃ綺麗なんて……あいかわらず鬼畜……)
妙に冷静な頭と裏腹に反応の鈍くなった身体は指から煙草を落とさせる。
床に落ちたそれを靴先で消しながら、ジョレスが指で自分の唇を拭った。
「煙草臭いぞ。香りを残すのは三流だ」
「……三流ですよ。どうせ」
「ふっ……」
一瞬向けられる笑み。それを置いてその綺麗な姿はあっさりと立ち去っていく。
その背中……身体。手に入らないモノならいっそ壊してしまおうか。
できないとわかっていて浮かぶ思考に苦笑が漏れる。それができるくらいなら、とっくにやっているだろう。
「しかし、俺を舐めてるのか。どうでもいいのか……」
胸のポケットからジョエルに渡したものと同じ時計が顔を出す。レプリカに気づくのはいつなのだろうか?
黙殺される可能性もなくもないのだが……
「わざと気づいてない振りにコーヒー一週間分。と、掃除しておかないと、一晩中掃除させられるな」
溜息を零しながら立ち上がる。
距離を取っても、近づいても手間がかかるのは本気だからだ。
「さてと、言い訳と、あいつの好きなもんでも……好みも嘘だと参るよなぁ」
低く笑いながら、手に持つ時計を軽く揺らして歩いていく。
今日の夜にでも忍び込んでくるだろう。特別の相手を待つために……
END
ジョレライです……なんというか、へろへろです。掴みきれてないというか……
スイートとラップ時のジョレスは甘口イメージです。甘く、優しく、激しく(えっ)ライナーを落としたんだろうなぁってことで、葛藤してぐるぐるしているライナーを書いてみました。
スイートとラップの話しを書きたいなぁ。エロエロで……
■小説目次■
■TOP■ ■ジャンルトップページ■