書棚-小説-

□初詣
1ページ/1ページ



※初詣※




「初詣?」
『そうそう、甲ちゃんも冷たいよなぁ。年が明けたら神社におまいりにいかないとダメな一年になるっていう決まりがあるなら教えてくれればいいのに。京一さんに聞かなかったら気付いてなかったよっ』

 携帯電話の向こうから勢い良く発せられる台詞には? と疑問を投げかけるのを待つ様子もなく九龍は一時間後に近くにある神社……皆守はあることすら知らなかった……でと電話を切ってしまう。
 訳も分からないもののそのまま放置することもできずにしぶしぶとコートに袖を通し正門から出たところで視界に黒い影が映った。

「っ……」

 気配をまったく感じなかった。
 慌てて振り返った先にうっすらと微笑む線の細い顔立ちの青年が立つ。

「龍麻さん」
「ごめんね。うちのおばかさんが。寒いから嫌だって断っていたから九龍を巻き込んだみたいなんだ。後でお仕置きしておくから」

 ゆったりと影から現れた人影にはやはり気配はなかった。それでも、見慣れた顔は九龍より先にこの学校に現れた時のままに柔らかく微笑んでいる。

「いいですよ。こんなこともなかったら俺も部屋から出ないでしょうし」
「ダメだよ。甘やかしたら……癖になるんだから」

 くすりと甘く響く声。怒っているのかほんのりと空気が冷たいのだが、それでもどこか仕方ないなと諦めたように響く声はその言葉を向けた先への信頼感に溢れている。
 2人だけの特別な時間を感じさせる雰囲気がどこか皆守には羨ましかった。後、どれだけ立てば同じような場所に立てるのだろう?

「神社の場所は知ってるから行こう。二人して入り口でがんばっていそうだしね」

 静かに歩き出す年の分からない同級生の後を着いていく。
 九龍と間違えて入ってきた時の違和感ももうない。年上だと分かるのだが、年を感じさせない雰囲気のせいで今は当たり前に学園の中に溶け込んでいた。
 綺麗で儚げで優しくて全て預けていい年上の友人。九龍が現れなければはまっていたかも知れない。

「俺も趣味が悪いな……」

 龍麻のことが綺麗だと考えながらも頭に浮かぶのは九龍の能天気な笑顔ばかりだ。頼りなくて、世間を知っていそうなくせに妙なところで世間知らずで、わがままで、困った奴で、ダメなところばかりを言えるような相手なのに、それでも九龍のことしか考えられない。

「……それは趣味がいいって言うんだよ」
「えっ……あ、俺、声出してました」
「ううん。まったく」

 カッと顔を赤くして見詰めた先で当たり前のように龍麻は首を横に振る。
 だったらなんで思ってたことを知っているのかは怖くて聞けない。
 妙に重苦しい沈黙の中、覚えのない道を歩き薄暗い木々に包まれた鳥居を潜る。石段を登ると、やはり記憶にない寂れた雰囲気の神社が静かに建っていた。

「こ……んなのあったんですね」
「うん。オレも知らなかったんだけど、京一がジョギングの途中で見つけたらしいんだ。人が少なくていいって言ってたけど、少なすぎるね」

 ざわっと耳に響くのは風が木を揺らす音ばかり、けっこうホラーな雰囲気だ。その空気を切り裂くように茶色の髪の青年が勢い良く駆け寄ってきた。

「ひーちゃーんっ。お待たせーっ」

 だだだだと効果音がつきそうな走り方なのに龍麻と同じくまったく気配を感じさせない木刀をもった明るい茶色の髪の青年は皆守を無視していっきに龍麻へと飛びついていく。
 そして間髪いれずに殴られる。

「いったぁ、ひでェ。ひーちゃん。頭を殴ったらバカになっちゃうだろ」
「それ以上ならないと思うけど……それより九龍は? さっさと人質を出しなさい」
「人質って……ひでェな。和服が着たいっていうから着付けまで手伝ってやったのにさぁ。ホントはひーちゃんに着せたいくらいなのに」
「……普段着ているよね」
「分かってないなぁ。初着物てのがいいんだろ。でもってさ」

 わざとらしく頭を抱えて痛がっていた京一が身体を起こすとこそりと龍麻の耳元で何かを囁く。

「っ……それこそいつも……」
「だから……でさ、……して……外で」
「おまっ……」

 かぁっと龍麻の白い肌が暗闇でも分かるほど赤く染まる。
 京一から離れようとする身体はいつの間にか回されていた腕が腰を掴むようにして押さえつけていた。

「つーことで、皆守。俺たちは着替えてから2人でしっとりお参りするから若いのは若いの通しでがんばれよっ」

 少し前の皆守と一緒にいたときに大人っぽい雰囲気など消え去り子供のようにじたばたの暴れる龍麻を抱えたまま京一は意味深な顔で笑っている。
 なんだか嫌な予感がしないでも……

「……はぁ」
「だからオレは一緒に行くって言って……な」

 さらに暴れる龍麻の耳元にまた京一が唇を寄せた。

「っ……ぁ……ばかっ……」

 ビクンっと小さく震える身体からは目に見えて力が抜けていく。
 ……見ている方が赤くなってしまいそうだ。

「ちゅーことでまた寮でな。あんまり夜更かしするなよ」

 にやっと悪そうな笑いずるずると龍麻をどこかへと引きずっていく京一を呆然と見送っていた皆守の背後でがさりと草を踏む音が響いた。

「だーれだっ」

 目を隠す手の温度も声も気配も馴染んだそれで、くすりと皆守は口許に笑みを浮かべる。

「九ちゃんだろ。バカやってないで着物を見せてくれよ」
「えーっどうしようかなぁ。ちょっと恥ずかしいしぃ」
「なら無理矢理見ないとな」

 わざとらしい言葉のやり取りの後、それほど力の入っていない手を掴み身体を反転させた。
 そして目の前の九龍の姿を見たまま皆守は動きを止めた。

「……九……ちゃん」
「なんだよ。あんまりじろじろ見るなってさすがに赤っていうのが恥ずかしいよな。みんなこんなの着るのか? 夷澤とか似合いそうだけどさ」

 ほんの少し照れたようすの九龍は着物は着物でも神社の巫女の着るような白の着物と赤い袴に包まれていた。
 女装というほどでもない微妙な仮装がなんとも言えない。似合っているけど、違和感がないのがまたおかしいというか……
 襟元から見える日に焼けた肌とのギャップがまた独特な色気があって……

「着ない」
「へ?」
「普通は着ない。それは一部女子が着る着物だ。男は着ても普段龍麻さんが着てるような感じの着物で……というか騙されるなよ。赤って変だろ」

 わざとらしくならない程度に九龍から視線を反らしながら言葉を紡ぐ。謀られていたとわかっているのに変な気分になってしまいそうだ。

「仕方ないでしょ。海外だったら別に変って程じゃないからさ。まぁ、日本で見たことなかったけど。京一さんが妙ににやにやしてると思った」

 女装だと言われてもけろんとした表情のまま九龍は着物の袖をもってくるくると回る。

「な、それはおいておいて似合う?」
「置くのかよ。……あー、まぁ似合うか……な」
「そっか、じゃあさ。ムラってくる?」

 へへっと嬉しそうに言われて皆守は、は? と九龍を凝視してしまう。

「京一さんが年の初めに着物でエッチしたらその年もいい感じで過ごせるって教えてくれたんだよ。これもまぁ、着物だし……えっと姫初めとか言うんだよな。さ、やろう。あっちの方にいい感じの草むらがあってさ」
「ちょっ……おい、九龍……お前騙され……っ……」

 いけいけ気味の九龍をとめる間もなく皆守の口は温かな唇で塞がれてしまう。しっとりと柔らかく唇の中に忍び込み冷たい外気の分焼けるほどに熱くて甘い感触が絡み付く。
 ダメだとわかっていても皆守の手は無意識に九龍の腰へと周り、そのまま筋肉質なのに細い身体を抱きしめていた。

「んっ……ふ……ぁ、ぁ、ちょ、一応草むらに……んっ……ここは見られるって……ぁ、そんなとこに手……ぁ」

 するりと着物の隙間から入った手が厚い九龍の肌を撫で、唇は日に焼けた肩口へと触れる。

「ぁっん……ぁ、ダメ……だって立ってられな……」

 崩れる身体を支えるように地面の上へと崩れ落ちる。
 どこか白くなった頭の中で暴走しているとわかっていても止まらない。九龍も抵抗を口にするもののその手は皆守の背中に回り……

「……ぁっ……ん……甲ちゃ……ぁぅっ」

      ※    ※    ※

「いやぁ、やった。やった。こんなオープンなところしたの始めてだよね。やっぱり着物なのが萌えポイントかなぁ」

 皺になった巫女服をいつもの服に着替えてきた九龍が悪びれる風もなくにこにこと笑う。
 その横に立つ皆守はどこかくったり気味だ。

「へへ、また着物着るから今度は部屋でね。外は腰が痛いし」
「……そうだな」

 当たり前のように腕を組んでくる九龍に賑やかな一年が始まりそうな予感を感じながら皆守は小さく頷いた。   


END




大阪シティで配布したSSです。黄龍ネタ



小説目次

TOP  ジャンルトップページ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ