書棚-小説-

□4月
1ページ/1ページ



※4月※




「ひーちゃん。花見に行こうぜ」

 玄関の扉を勢い良く開けて言われた言葉に、龍麻は部屋の中で本を手にしたまま、驚いたように目を瞬いた。

「花見って、昨日行っただろう?」
「ばーか、二人で行くんだよ。二人で」

 勝手知ったる他人の家といったようすで、上がり込んできた京一は座ったままの龍麻の腕を取る。

「二人ねぇ。酒は駄目だよ」
「別に酒が飲みたくて誘いにきた訳じゃねェよ」

 怒るように言う言葉に、龍麻は苦笑しながらも身体を起こした。

「昨日、醍醐と喧嘩してたからさ。お酒を持って行く、行かないで」

 笑いながら、京一に腕を引かれるままに玄関へと足を向ける。

「醍醐が煩いんだよ。今時、誰でも飲んでるぞっ。新入生歓迎会なんて、どれだけ飲まされたか」
「んー、そうだね。その度にオレの部屋を宿にしてくれてるしねー」
「ひーちゃん家が近いからな」
「他にももっと近くに住んでる人もいるだろ」

 続く言葉に京一が玄関へと向かっていた足を止めた。
 ゆっくりと振り返ると、龍麻の腕を掴んでいないもう一方の手で龍麻の肩に触れる。

「あのなぁ。誰でも良い訳じゃねェぞ。俺はひーちゃんの側じゃねェと眠れねェの。知ってるだろ」

 そっと腕を回して、抱きしめながら囁かれた言葉に、龍麻は照れたような困ったような笑みをこぼす。

「どこでも眠れそうなのにね」
「俺が、ここがいいんだよ」

 抱きしめる腕に力が隠り、ふと上げた視界に、家に挟まれた場所に立つ、桜の枝が僅かに映る。

「……ここからでも、桜は見えるな」
「え? っと、わっ」

 体重を掛けて龍麻の身体を押しつぶすと、座り込んだ龍麻の膝の上にごろりと頭を乗せた。

「ここでいいや。花見、しようぜ」
「……わがまま」

 膝に乗った京一の髪を指の先で引いたり、掻き回したりしながら、龍麻は苦笑をこぼす。

「わがまま言われるの嫌いじゃねェだろ?」

 ちらりと見上げながら言われる言葉に笑みがこぼれた。

「さぁね」

 惚けるようにいいながら、京一と一緒に見つめる窓の外では、家と家の間に僅かに見える桜の枝から、はらはらと桃色の桜が窓の外へと流れ続けていた。






小説目次

TOP  ジャンルトップページ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ