short story

□笑うジミンと泣くテヒョン
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「結婚してください…っ!」

一世一代の告白

僕はこの瞬間を一生忘れることができないだろう

だって

「…ばっかじゃないの」

そう僕は5年付き合った彼女に振られたのだ



どうやら彼女には既に旦那がいたらしい

しまいには子供まで。6歳の息子がいると、そう言っていた気がする

記憶が曖昧なのはあまりのショックで頭が回っていなかったせいかもしれない

僕はそのまま家に帰り玄関に届くことのなかった花束を雑に放り投げる

ふらふらとした足取りで冷蔵庫へ向かい、お祝い用だったはずのシャンパンを開けラッパ飲みした
炭酸がひどく喉にまとわりついて鬱陶しかったがひたすら飲み続けた

シャンパンを一本丸ごと開けるだけでは物足りず家にある酒という酒すべてを飲み干した気がする

そうしてるうちにいつの間にか気を失うように寝てしまった

もちろん寝覚めは最悪

ガンガンと締め付けるような頭の痛みと吐き気

「…っ……」

ものすごい嘔吐感で体がトイレに真っ先に向かった

ひとしきり吐き出し、落ち着いたところでようやく水を一口飲み込む

「あー…俺振られたのか」

俺、と自然に口している自分に驚いた

前は一人称が俺だったが彼女に僕って呼ぶ人が好き、そう言われて完全に僕が定着していたはずだったのに

頭よりも体のほうが現実を受け止めてるんだな

そう思いつい失笑してしまう

腹も減らず、ただぼーっとしていた
ずっと宙を見つめていた
いつの間にかあたりは闇に包まれていた

その闇の中、ふわりと明かりがともるのが目の端にうつった
そちらに目を向けると通知をしらせるスマホ
画面にはテヒョンの文字
それもひとつだけではなく大量に
着信、着信、着信、着信、
その中に一つだけ言葉が置いてあった

“死ぬな”

「こんなことで死ぬかよ…ばか」

ふと笑みがこぼれていることに気づく
彼は親友であり幼馴染であり俺の理解者であり。

よくまわりからは四次元キャラって言われてるらしいけど、もちろんそこが彼の魅力だって俺だけはちゃんと知ってる

ふってつい笑ってしまえる、そんな力があるやつ
すると携帯の画面がするりと動き新たな着信を知らせた

俺は初めてスマホを触るかのようにゆっくりと通話ボタンを押す

“あ!!!!!!いきてた!!!!!”

電話越しに聞こえる、うるさすぎるほどの第一声

「ほんとに死んだと思ってたの笑」

“だってお前告白成功したらすぐ報告するって言ってちっとも連絡こねーから気になって通話何回もかけても出ないし、これで出なかったら家押しかけるとこだったわ”

「ごめん、寝てた」

“この眠り姫がッッッ!!!”

姫なんだ、そんなツッコミを心の中でつぶやいた

“ところでさ”

あんだけハイだった声のテンションが急に真剣味を帯びる

“なんかあったんだろ”

どうやらこいつには全部お見通しみたいだ

「うん、振られた」

ははっ、て冗談を言うように軽く言った

“いや、振られたって…5年も付き合ってたのに…?”

「なんか彼女、旦那と息子がいたらしくってさ。俺は遊びだったのに本気にされて迷惑だって、俺馬鹿だよなぁ」

“………”

これ以上言葉が出てこない

沈黙を破ったのはテヒョンだった

“今どこにいる”

「え?ああ…自分ちだけど…」

“いまから行くから、待ってろ”

ブツッと乱暴に電話が切れた

画面を見ると待ち受けにしてあった彼女と俺の幸せそうなセルカが目に飛び込んできた

「ぐっ…!!!!」

再び強い吐き気に襲われトイレに駆け込むがさっき出し尽くしてしまっていたため何も吐くものがなく、生理的にでる涙ばかりが流れた

深呼吸を何度も繰り返し、水をまたコップ一杯飲み干したと同時に玄関のチャイムが鳴り響く
それも何度も

これは絶対テヒョンだ

俺はインターホンを確認せずにそのまま鍵を開け扉を開く

そこには息を切らし、肩を激しく上下させる親友がいた

「へへへ…きちゃった」

「男に言われてもときめかねーよ」


相変わらずの彼を部屋に招き入れる

「うわっ、なにこの部屋酒くさっ、しかも電気もついてないし」

もーっと言いながら窓を全開にして電気をつけていく姿が母親みたいで少し面白い

「なに笑ってんの」

俺を軽く睨むようにこちらを振り返るテヒョン

「ごめん…」

そう言い返すことしかできなかった

「謝ってほしいんじゃない

お前、本当にこれでいいの?」

開かれた窓から強い風が吹き込む

まるで心の引き出しをすべて開けられていくような感覚がした

「よく、ない…

超意味わかんないし、旦那とか子供とか、知らなかったし、俺は超本気だった。」

少しずつ吐き出されていく毒にうんうんと頷いている彼

俺はもう止まらなかった。止まれなかった。

「なんで言ってくれなかったんだよ…!俺の愛してるとあいつの愛してるにはどれだけの温度差があった?俺馬鹿みたいじゃん、こんなのに5年も付き合って、それでこんなことって…

こんなことって…ない」

けど。

「しょうがないんだ、略奪愛とかそんなのできるわけない。相手の旦那と子供はどうなる、不幸な人が増えるだけだ。だから、俺だけ苦しめば、それでいいんだ」

「…よくねーよ」

テヒョンの低い声が腹に響く

「これでいい?お前はあの女に5年も尽くしてきたんだろ?!それが遊びでした、はいおしまいって…そんなのいいわけないだろ…?」

「いいんだ」


「いいんだよ」

こんな風に一緒に怒ってくれるこいつがいるだけで俺は幸せじゃないか。
しかも

「いいわけ…っない」

俺のために、俺の代わりに、こうやって涙をぽろぽろと流してくれる

こんな奴に出会えただけで十分だろう?

「つらい時はちゃんとつらいって言えよ…泣きたいときにはちゃんと泣けよ…」

「涙がうまく出てこないんだ。
でも、お前がいてくれるから大丈夫」

自分の涙をぬぐうような気持ちであふれるテヒョンの涙を拭いた

「ありがとう」

テヒョンはずっと、泣いていた

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