絶賛の唇

□好きの度量
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約束はいつも遅くて。地上に星が帰る頃。
待合せはいつものあの場所で。
エンジンの音でわかる君の訪れ。

歩道から身を乗り出すよ。

カーステから流れる二人が口ずさむミュージック。

お気に入りのカフェ、揺れる二人のカップ。

楽しすぎるんだ。
カップの氷も溶けて蜃気楼。



ードンヘや。ダサイよ。最高にダサイ即興ソングだよ。

わかっている。仕事終わりが遅すぎてナチュラルハイなんだろ。
でもやめて。タクシーの内の空気が凍ってる。

『すいません。あの先のカフェ、あぁ、そう、そこです。そこで降ります。』
ー恥ずかしいから降ろしてください。
自宅までの予定が変更だ。

「俺の思惑通りだね。」
通り過ぎるタクシー。 
鼻を鳴らして自慢げにカフェの前に立つお前が憎いよ。
「きっと降りると思った!」
ここに来たのはお前の策略通りだって?
うん、今日はまだ向かい合って話していないもんな。
その時間を作るためだったなんて、とんだ策士じゃないか。

朝焼けまでオープンのカフェ、煉瓦造りの一軒家のベランダから、緑のアイビーがドアを避けるように降りている。

まだ夜明け前、お客を迎えるためのオレンジのランプが手招きのように揺れている。

ー今日は早くシャワーを浴びてベッドに潜り込みたかったのに。
いや、こんな疲れた時こそ湯船に浸かるべきだな。
あぁそうだ、この間旅行先で買ったとっておきの入浴剤を使おう。
昨年海外で買って、宿舎の中で失くして結局見つからず。
あれはなかなか手に入らなかったから、あのときはしばらく落ち込んだなぁ。

「早く!」
そんなに強く手を引かなくてもいいって。
一緒にいたいって言えばいいのに。
可愛い奴め。



『アイスカフェラテ』 
「か、カフェラテ!アイスの!」

ーわ、珍しい!
『何ドンヘ?お口がお子様になったの?』
奢ると言い張って二人分会計中のドンヘは黙って俺の胸を殴った。
そして席に座るよう目と顎で促してきた。
ー誘ってきたくせになんて態度だ!
まぁ、いい。奢ってくれたしそこは許そう。

手持無沙汰なまま、窓際の二人がけの丸いテーブルを選んで椅子に腰を掛け、カフェラテを受け取るドンヘの背中を目で追った。
ー店員は高台にいるのか?あ、ドンヘが小さいのか。

男にしては小柄でも、顔がイケメンだからサマになる。後ろ姿で顔が見えないと、そのなで肩も相まってやけに可愛い。
、、、殴られるから絶対にあいつに言わないけど。

カウンター越しに用意されたカフェラテ2つ。
若い男性店員がそのついでのようにラッピングされた小さな袋をドンヘに手渡した。

ーお?

片手ほどの大きさの赤い小さな手提げ袋。

カフェラテはカウンターに出来上がっているというのに、ドンヘは嬉しそうに男性店員の手を握りはじめた。

ーおおお?何してんだよ!
その手はトレイを握るんだろ?!

会釈をしてトレイを持とうとするが片手の手提げ袋が邪魔だったようだ。
グシャ!っという音と共に小さなそれはドンヘのパンツのポケットに突っ込まれた。

ーあれ?喜んでたくせしてその扱い?

ヘラヘラしながらトレイを受け取り、席を探すように振り向いた。
見ていただけとはいえ、反射的に窓の外に目を向けてしまった。背徳感とでも言おうか。

トレイがテーブルに置かれ、白々しくドンヘを見たら口を開けてこちらを見ていた。

ーいつものことながら、二人きりになると会話の切り口を探すためにしばらく無言だよな。
それともなんだ、犬か?『よし!』とでも言われるのをまってるのか?

『、、、よし。』
思わず口にしたら、俺のカフェラテにストローをさしてよこしてくれた。
ーありがとう。でもドンヘ、手ぇ拭いてないじゃん?先っちょつまみすぎ。

ーねぇねぇ、疲れたね。家帰ったらシャワー?ご飯食べる?
ドンヘが矢継ぎ早に聞いてくるから返事に忙しくてなかなか飲めない。

『ドンヘ飲めば?』
ドンヘのカフェラテはストローもそのままで、手もつけられずに氷が溶けて、まさにダサイ歌の蜃気楼のよう。

「俺はいい。ヒョクと同じものを頼んでみたかっただけ。飲んだ気になりたかったって感じかな。」
『でた。公式ストーカー、ドンヘ!』
ーヤー!!
静かな店内に響くドンヘの声。
痛い。次は肩殴られた。

「俺はただ入浴剤を!」
ドンヘは勢いづいて口にしたあとハッとした。
『、、、入浴剤?』
ー俺は勘がいいんだ。
ドンヘの顔と「入浴剤」で薄々事態が飲み込めているぞ。
目が泳ぎすぎだドンヘ。

『入浴剤もしかして、使った?』
ードンヘ!どこ見ているんだ!あの店員を見るんじゃない!!
『ドンヘ、あの入浴剤、俺が、海外で、やっと、手に入れた、あの入浴剤』
ー今ごろストローをさすんじゃない!
お前のカフェラテはすでに濁った水だ!

バキュームのようにストローから吸い出された水のようなカフェオレ。
『ドンヘぇ。お前はすぐばれるから黙っても無駄なんだよ』
うなだれてドンヘを見ると先程店員とやり取りしていた小さな袋を俺の前に差し出した。

「これ」
クシャクシャの小さな赤い手提げ袋にはこれまた小さなピンクのリボン。
黙って開けたら『バラ。』のいい香り。


逆さまにしてテーブルに落とされた透明のパウチの中身は桃色の入浴剤。
ーもうわかった。
よーーく店内を見てみたら、どこもかしこも「カフェラテ2つ注文で薔薇の入浴剤プレゼント!」のポスターが。
しかも、期限は今日。

ドンヘはしどろもどろになりながら弁解を始めた。

なるほど、昨日俺が留守の間に黙って入浴剤を使ったから、代わりにここの入浴剤を手に入れて許してもらおうとしたのか。
ーだからあんな歌を。

ーだから急かしたのか。

ー店員の手を握ったのは在庫がちょうどあと1つだった喜びからで。、、、なら許そう。

ー俺とお茶したいだけだと思ったのに、、、、全部ここまでドンヘの思惑通りでムカムカする。

『ヤーーー!』
「ヒョク、静かにしないと。」
おまえー!口に指を当ててきょろきょろするな!

「香りは、弱いかもしれないけど、これだって限定品だからいい香りはすると思うんだ。」
入浴剤の袋の匂いを嗅ぎながら、鼻を自身の腕に寄せて匂いを嗅いでいる、、。
『お、お前、きょ、今日ずっといい香りだったのは、にゅにゅ入浴剤のせいだったのかよ?!』
「さっきの店員さんが、この香りにくらっと来るって。」
ドンヘは上目遣いで唇をひと舐め。

今朝仕事で合流したときからおかしいと思ったんだよ!
女性スタッフのドンヘを見る目がおかしくて散らすのが大変だったんだ!

あぁっ!くそ!柔軟剤変えただけかと思ってた!


「えぇっと、でも、あの入浴剤は使ってほしくなかったんだよ。あの香りは、やっぱり困るんだよなぁ」

ードンヘ、、、なんであの香りでお前が困るんだよ。あの香り?あの?!この。じゃなくてなんであの、なんだよ。

ドンヘの無意識に繰り出されるヒントから、沸々と昔の記憶が蘇る。

『あの香りぃ?!ドンヘ!なんで入浴剤の香り知ってたんだよ!まさか!あのときなくなったのも!!』

ああ!思い出した!
あのときもやけにいい香りがして、ドンヘに近寄る女を散らすのに苦労したよ!同じだとは思わなかったー!

ドンヘの顔が百面相のように変わる。
『隠すの下手すぎ!ハッ!て顔するな!手で隠すな!』


「だって!ヒョクからいい香りはだめなんだよ!恋敵が増えるだろ!」

ーなにぃ?!

「俺はヒョク足の匂いが好きなんだよ!俺のために足の匂いだけさせてろよ!他の人近づけるなよ!」

『顔赤くして悪口言うな!今すごく傷ついたぞ!ドンヘ!やっぱりダサイ歌がお前にはお似合いだ!』

「ダサイ歌と臭い足!俺らお似合いだろ!」

ー俺のほうがダメージでかい!

「どっちも誰も近づかないじゃん。汚いくらいがちょうどいいよ。」

ー近づかないのは臭い足だけ!

「かっこいいヒョクを隠すのは難しいから、せめて臭いままでいてよ。」


ー違う意味でずっと胸に突き刺さる。

まぁいい。お口は不器用でも態度で俺を愛していることがわかるから許そう。
でも、これだけは言わせて。


『ドンヘ、自分のストローさすときだけ真ん中持つのやめて。俺だけ汚いじゃん。』
「あはっ!見てた?ヒョクは俺の匂い付きストロー。」

ーあれ?いじめかな?

『おい!ドンヘ!お前俺のことほんとに愛してる?!』
「何をいまさら!愛しているに決まっているだろ。本気だよ。今だってヒョクの下着履いてるくらい、、、。」
『バーカ!バーカッ!バァーカッ!』
「ヒョク、しー。」


END
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