絶賛の唇

□タライ攻防 夏の陣
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セミの声、白々と照りつける太陽が街を焼いている。

顔も首も腕も。太陽はドンヘを容赦なくジリジリと焼いてくる。

顔の汗はじわりと吹き出し、舐めるように肌をつたい、首に襟足にポタポタと流れた。

手には大きな買い物袋、中には大きな銀のタライ。
熱いコンクリートに当たりそうな袋を、かする程度に体ごとゆらゆらと揺らして歩く。



リビングのドアを開けるや否や、床に転がるウニョクに怒鳴り付けた。
「なんの罰だよ!」

「エアコンを壊した罰だよ!」
すかさず半身起こして言い返す。

オーマイガッ!
暑さですっかり忘れていたよ!

「暑いのはおまえだけじゃない!」
朝からエアコン無しでドンへの帰りを待っていたんだよ!

窓全開、風はなし。救いの扇風機を抱えて怒鳴るウニョク。


ただいま午前9時。
時間をさかのぼること午前7時。

昨夜誤ってタイマーボタンを押したらしく、午前7時に冷房が止まってしまった。
暑さのなか目が覚めたドンへはウニョクが同じく起きないようにリモコンを取りに急いでベッドを降りた。
そして着地したその足でリモコンを思いきり踏んで破壊した。


「暑い」
残念ながらウニョクは目を覚ました。



「なんでタライなんているんだよー。」
全身汗まみれで文句を垂れるドンへをよそに、ウニョクはいそいそとタライに氷を入れた。

扇風機の生ぬるい風が二人の汗を交互に撫でてゆく。
床にへたっているドンへの足先にタライを置くと、ウニョクは氷の入ったそれにやかんで水を注いだ。

カラカラと氷が揺れる音が心地いい。
ドンへは水の揺らめきから視線を外せないでいる。

足入れて。

ウニョクがドンヘを見ながら促す。
そんな気がしていたドンへは、待っていたとばかりに素足を入れた。

ああっ!!!

ドンへの低い唸り声と共に、水しぶきがウニョクの顔面、服を直撃。

「冷たい!痛い!」
ドンへは尻餅のように足をあげた。
見てと言わんばかりに差し出されたその足は真っ赤だ。

試しにウニョクが手を入れるが、指先だけ入れてすぐに出してしまった。
顔を見ればウニョクの言いたいこともわかる。

アルミのタライに氷水は冷たすぎた。

しばらく氷が溶けるまで、本を読みながら、テレビを見ながら、二人は手を入れては引っ込め、少しかき回しては引っ込めを繰り返した。

カラカラ カラカラ

氷がアルミのタライにぶつかる音。
それだけでも充分涼しい。
手の冷たさが脳内の細胞を巡って、体に涼を伝えているようだった。


そろそろ足を入れても驚かない水温だろう。
氷も溶けてしまった。
二人で向かい合い素足をタライにそっと差し込んだ。

ーはぁ、冷たい。

氷の針で毛穴を一斉に刺されたようだ。

お互いの足が遠慮がちにそっと、かさを増す水を溢さないように重なりあう。

なかなか他人が触れることのない足裏が指が当たってくすぐったい。

冷たさよりもお互い触れ合う足が気になってしまう。

ドンへの甲の上に触れるウニョクの足裏が、時折ピクリと動いて水を揺らす。

ウニョクはドンヘから顔をそらして、テレビを見ている。

不自然。
期待してるのかな。

試すように、親指でウニョクの足裏をつつく。

ーあ、土踏まずを浮かせた。
「やめろよ」って言えばいいのに。

ウニョクはドンヘを視線からわざとはずしているよう。

ドンへはよこしまな期待を込めてウニョクのハーフパンツから露出した膝に唇を寄せていく。

まだこちらを見ない。

ーきっと、もう気づいているのに。

今俺がしようとしていることはヒョクの期待通りなんだよね。

ーだから、いいよね。

膝に寄せた背中がきしみそうだ。
もう少し、もう少しでヒョクの柔肌を唇で感じることができる。


食むように薄い唇を添えた。

「おい!!リビングで変なこと考えるなよ!」
ドンへの顔はウニョクの手のひらによって元に戻された。

なんでだよ!
同じ気持ちだと思っていたのに!

ドンへはウニョクの肩を何度もはたいた。

やめろって!
両腕を掴んでドンヘを制止する。
そして目をそらしたままうつむいて呟いた。

「こんな姿でなにかしようだなんて、変態みたいじゃん」

あぁ、ヒョク!なんて顔しているんだよ!
誘っているみたいだ!!

「なんて恥ずかしいことを!バカか!」

ーでも、本当に綺麗なんだよ。
冷たい水に足をつけた君が、そのまま氷のように輝く宝石の肌になってしまうんじゃないかと思ったんだよ。

ーもしそうなら、冷たくなっているのか唇で確かめてみたいって思うじゃない?

「ドンへ!よくそんな恥ずかしいことを!」
ウニョクの耳が赤くなる。

ドンへは制止も聞かずにしつこく足を掴んで迫った。
ウニョクは必死に足を守る! 

タライと水がガタガタと大きく揺れる。

「ただいま!エアコン壊れたんだって?暑いよね?スイカ買ってきたよー」

その時、リビングに入ってきたリョウクの目の前に弧を描いてタライが飛ぶ。
大量の水を撒き散らして。

リョウクの手から落ちたスイカがグシャリと床で割れて、見開いた目が二人をとらえた。

向かいにはリョウクの視線に凍りつく二人。

「いま、一番涼しい…」

ウニョクの言葉にドンへが高速で頷いた。

END
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