Give Peace a Chance〜君の強さ

□玄鳥至
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薄紅色が混じる夜風に自分の髪がさらわれ、自身に珍しく自転車を降りる。
“その日は”というよりは“その日も”手嶋純太は例によっていつものように青八木一との帰りにカラオケに立ち寄り、少しながら遅い帰途についたところであった。

さすがにこの時間になると少なからず腹の虫が機嫌を斜めにしてきていて、その足が心なしか早くなる。
が、そういう時に限って信号にことごとく引っかかり滅多に使わない抜け道へと方向を変えた。
順調に進みながらも大きな幹線道路にさしかかるとさすがにそこで長い信号に捕まることとなる。ところがこれは実のところこういった道路の信号待ちは苦では無いどころか半分望んでのことである。と、いうのも大きな幹線道路ともなれば比較的多くのロードレーサーやクロスバイクなどに出遭うことができるからであった。

そして今日もその目論見通り交差する道の向こう側からそれらしき姿を目ざとく見つけ、不自然にならないよう目で捉えた。
「って、なんだありゃ……」
思わず声になるほどそのやってくる姿は不格好でおおよそ手嶋の期待して待ちわびていた“それ”とは大きく異なった。

よたよたとまるでつい昨日、補助輪を外した子供が乗っているかのような覚束ない足取りとサイズの合っていないゲイリーフィッシャーに乗った少女が歯を食いしばってその信号で止まった。
目を疑ったのはその光景だけではなく、そのゲイリーフィッシャーニルヴァーナになんとも不格好にカゴが取り付けられていたことである。思わず手嶋は口をあんぐりと開けたままその自転車を凝視してしまった。
「なんですか?」
その自転車の主ーーどうやら同世代らしいーーから一歩下がって訝しげに問われたものの、咄嗟になんと応えていいかわからないくらいに言いたいことだらけで
「キミの自転車?」
と、問い返すのが精一杯であった。
「でしたら?」
彼女からしたら突如として話しかけられていなくとも、目を丸くして自分を凝視する存在など不審以外の感情を持てという方が無理であったため不機嫌を隠すことなく最低限の返答をした。
「サイズ、合ってないけど?」
これには我ながらよく冷静に言えたものだと手嶋自身思ったのだが彼女の方は相変わらずの調子で「知ってます」と返しただけであった。
「その身長でももうちょっと楽に乗れる方法あるけど、と思って」
「なっ」
言われた通り彼女の方はさほど身長が高いわけではなかった。手嶋よりおよそ15センチは低かろう身長であったがそれでも彼女はその年の女子の平均的な身長であり、不釣り合いなのは手嶋の視線を捉えたままのゲイリーフィッシャーの方であった。
「せめてサドルを……」
とほぼ一人言のように呟く手嶋を遮って
「なんなんですか。さっきから突然」
そう言ってまたもう一歩後ずさっていく。
「あ、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど見てらんなかったんでつい」
髪を掻きながらバツが悪そうに謝り、改めて
「オレ、総北高校2年の手嶋純太って言うんだけど、自転車やっててさ。それ、ゲイリーフィッシャーのニルヴァーナだなって思って見てたんだ。気、悪くしたなら謝るよ」
とあくまでその不格好に取り付けられたカゴについては触れないことにした。
名乗られた以上仕方なくなって彼女の方も自転車を降り
「三條女子学院高等部2年、藤城梨馨って言います。これ、そんな有名な自転車なんですか?」
同い年ということが判り彼女なりに警戒を解いて訊いてみる。
「あー、そうだね。まずゲイリーフィッシャーっていうのがマウンテンバイクを創った人物って言われてるような人で」
懇切丁寧に手嶋の方は説明をしたのだが何分にも彼女の方はそもそもマウンテンバイクとロードレーサー、クロスバイクなどの違いさえ解っていない状態であったため、理解しようにもほぼそこから先の説明についていくのは容易ではなかった。それに途中で気付いたのか
「えっと、お兄さんか誰かのなの?」
と話を打ち切ってそう尋ねた。
「母の職場の人のお下がりなんです。ちょうど買い替えるからよかったら、って」
「ああ、それで」
「元から自転車あんまり乗らないんですけど頂いたから予備校とか習い事行くのに乗ろうかなって」
「それでカゴつけちゃった?」
手嶋からすれば順当な流れではあったのだが、梨馨の方からすれば突拍子も無い質問に首を傾げた。
「おかしいですか?」
しかも至極何の疑問もなく真っ直ぐ梨馨が言うので思わず笑みが溢れた。
「ごめん!そういうつもりじゃなかったんだけど、いや、そういう発想がって言うか知らなかったら仕方ないんだけどそれでもいや、なんて言うのかな」
「外した方がいいですか?」
「ううん。いいんじゃない?多分そのままの方が何となく藤城さんらしいんじゃないの、って思うよ」
直感的に出た言葉であったが紛れもなくそれは本心であった。
「だから本当にごめんね、笑っちゃって。お詫びに今度ちょっとでも乗りやすくなるように教えてあげるよ。自転車、苦手なんでしょ?」
「いえ、そこまでは」
さすがについ今し方出会ったばかりの人間にそこまでは、と梨馨が尻込みしたが
「だってこのままじゃいつまでたっても自転車のことおっかなびっくりでうまく乗れないまま歯、食いしばって乗らなきゃなんなくなるよ?」
と言われ思わず
「そ、そんなの毎日乗ってたらきっと明日には今日よりは慣れてそれがいつか乗れるようになります。続けてればこんな下手で苦手で体育なんかまるでダメでもいつか、明日か1ヶ月先かわかんないですけど頑張れば届く日が来るから教えてもらわなくても大丈夫です」
そう思わず強い口調で返してしまう。その調子に我に返って梨馨は狼狽しながら
「すみません。そんなつもりじゃなくて、あの……そこまでしてもらう程のことじゃないってのを言いたくて」
素直に頭をさげた。だがその謝罪は殆ど手嶋の耳には入らずその言葉前の言葉に何かを思ったようで首を横に振った。
「じゃあ、尚更その“いつか”を明日にする手伝いをしなくちゃだな」
と梨馨の方に手を出した。
「じゃあ、とりあえずLINE交換しよ?」
春の夜風が手嶋の髪を柔らかく揺らしていた。
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