小ネタ
□第4部
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1.なにかがへんだな、おとなはへんだな
時系列は小学校高学年くらいのある日。
重たい重たいランドセルをどさりと下ろした。
リヒトは日直があるから少しだけ遅くなる、らしい。ごめんごめん、すぐ帰るからと言っていた覚えがある。誘は…遊びに行くとかなんとかで、私が家に着く前に家を飛び出していた。可愛い可愛い妹ちゃんよ、元気でよろしいこったね。
──あぁ、痛い。
震える手でテレビのリモコンを持ち、流れていくニュースを何気なく眺める。
夕方のニュースは他人事のように虐待の話題を取り上げていた。年間■■■人も親からの虐待が原因で死んでいる、らしい。
──あぁ、痛い。
今はもう腫れが引いたはずの頭が、火のついた煙草を投げられたのに火傷ひとつない腕が、ずきりと痛む。今日の理由はなんだったっけか。…あぁ、ドアの開け閉めが雑、だっけ?知ったことか。
そうしている間にも、ニュースはどんどん話題を進めていく。
被害者は打ち所が悪くて死んだだの、虐待が酷くて自殺しただの…。
へぇ、としか思わなかった。いや、死ねるだけマシか、とすら思えた。
…正直、羨ましかった。死という救いがあるなんて。逃げられる場所があるなんて。辛く苦しい日々に、終止符が打たれることがあるなんて。
──あぁ、痛い。
きっと、世の中の偉い人とか大人達は、私のこの思いを不謹慎だと言うのだろう。私を助けてくれないくせに。他人事だと思っているくせに。私の事情を知ったら、化け物だと忌み嫌うくせに。人間ではないと、嘲笑うくせに。羨ましいと、妬むくせに。
…あ、そうか。大人はいつもいつも、そうだった。
父親(あのクズ)は愛と称して私を殴る。母親はそれを見てただただ泣くばかりで、助けてくれない、止めもしない。後で鼻をすすりながら、ごめんごめんと言うばかり。傷の手当すらしないんだ。
先生達は信じてくれない。私に傷がないからではないのはわかっている。親子の愛とかいう都市伝説を盲目的に信じているから?…ううん。きっと、面倒事に首を突っ込みたくないんだ。いや、そもそも管轄外なのかな?
ニュースの人達もきっとそうだ。ほら、さっきまでの同情してるような顔はどこに行ったのさ。もう今夜のドラマの番宣をしてるじゃないか。
──あぁ、痛い。
なんにもしないくせに、無駄口や綺麗事ばっかり!!!
あぁ、不老不死って残酷だ。不老不死って、きっと呪いだ。それを研究するなんて。人類の夢だと言うなんて。こんなに辛いものになろうと言うだなんて。
ぽろ、となにかがほっぺたを伝った。からからの目から涙が出るなんて、変だな。おかしいな。
ふと、どこかのアニメの曲が頭に浮かんだ。
『なにかがへんだな、おとなはへんだな』
確かにその通りだと思う。へんだな、なんて可愛いものではないけれど。
「…は。へんなの。」
ぽつりと呟いた言葉は、鍵が開く音でかき消された。
ただいまと笑う君に、これ以上辛い思いはさせるもんか。だって君はこの家とは関係ない、部外者(よそもの)なんだから。君が傷つく必要なんて、これっぽっちもないんだ。
それに──こういうのは、不老不死の私の役目。人間は打ち所が悪い程度で死ぬんだって、苦しくて自殺しちゃうんだって、偉い大人が言ってたもんね!
「おかえり、リヒト。さぁ、おやつ食べて…一緒に宿題でもしようか?」
「うん!」
元気に笑う君に、光のような君に、きっと涙は似合わない。君はHPA(こちら)を気にとめちゃいけない。君はこんなおかしな集団(かぞく)にめちゃくちゃにされちゃいけない。欠片程しかないであろう私の良心がそう言っているんだ。だから、それでいいんだ。
「ちょっと待っててね、確か冷蔵庫にプリンが──。」
ガチャン!
大きな音を立てて玄関の扉が閉まったのは──きっと幻聴だろう。そして、扉の向こうにある一際大きな影も──きっと幻覚だろうね。
大丈夫、リヒトは私が守るんだから。リヒトはもう、傷つく必要なんてないんだからさ。
「ねぇ、リヒト?お願いだから、お願いだから…やだ、泣かないでよ…。」
私が死ぬわけないんだから、さ。
私の骨が軋む音が響いている間にニュースは終わってしまったようだ。今は勧善懲悪の子供向けアニメが楽しそうに部屋にこだましている。
──あぁ、痛い。