マクロスF部屋2
□2.さらさらと、指の透間をくぐり抜けてしまう
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ゆらゆら
水面が、足首辺りで静かに揺れる。
なんだここは。見渡してみても、ただ海のような、湖のような、はたまた川のようなものが広がっているだけ。
最近は訓練漬けの日々が続いて、心身供に疲労困憊だというのに。
小さく溜め息をつくと、それを合図にするかのように、後ろで水の跳ねる音がした。
「アルトくん」
名前を呼ばれて、そこに誰がいるのかすぐに理解した。
こんな風に優しく呼ぶのは、あいつしかいない。
第一、名前を「くん」付けで呼ぶやつなんて、一人しか知らないけれど。
自然に顔が緩む。
そんな自分に気付かないふりをして振り向くとそこには、予想通り翡翠の髪を持つ少女が立っていた。
白いワンピースを見に纏った彼女は、いつもそうするようににこっ、と笑顔を向けてきた。
それに答えるように口許を緩め、彼女の名前を呼ぶ。いや、呼ぼうと、した。
「………?」
声が出ない。出そうとしても、ただ口が開閉するだけ。
ランカが何かを言ってるが、それさえ聞き取れなくなる。耳まで、聞こえなくなっている。
俺が心底困惑した顔をしていると、彼女は心配そうに眉をひそめる。その顔も、霞んで見えなくなっていく。同時に、身体が透き通っていくようにも見える。
ふいに、彼女が水に溶けていってしまいそうな気がした。根拠なんてない。漠然と、そう思った。
いかないでくれ
これ以上離れるなよ
訳のわからない焦りに、思い切り歯を食いしばった。
霞む彼女を、繋ぎとめようと伸ばした手は空を掴んで、目の前は真っ暗に染まった。
はっとして、目を開けると。いつもの見慣れたベッドの天井と、力無く挙げられた自分の右手。
なんだ、夢かと冷静に考える。よかった、あんな意味のわからないものが現実であってたまるか。
冷静な思考とは裏腹に熱くなっている汗ばんだ手で、頭上にある携帯電話を何となく手に取った。
最近忙しく仕事をこなしている(らしい、本人からは聞けていない)夢に出てきた彼女とは、暫く会っていない。
顔を合わせない時は、必ずではないが、だいたい彼女からメールなり電話なり連絡が来ていた。
だから、その内また寄越すだろうと内心期待しつつ待っていたのだが。
一向に、彼女からの連絡はない。
それを不安に思いながらも、そういった「心配」の感情よりも「寂しさ」の方が自分の中で大きく膨らんでいる。その自覚は、自分の中でもあった。
画面の中の、着信履歴にある「ランカ」の文字を、指の腹で撫でる。
それを繰り返す内に、ある事に気が付く。
ああ、そうか。
俺は彼女に
「………会いたい」
口にしてしまったら想いは止まらなくて、
ちりちりと焼けるような痛みが胸を支配する。
自分から連絡してみようか、ふと考えてみる。でも、すぐに頭を垂れた。
出来ない。どうしてかなんて、決まってる。
何を言ったらいいか、わからない。
そこまで考えて、ああそうか、と思い当たる。
いつも連絡をくれるのは、彼女からだったと。
「……格好悪」
夢に出てきてしまうぐらい会いたい彼女に、手段はあっても何も出来ない自分が、情けなくてどうしようもない。
AM3:00を示す携帯電話の電子時計に、こんな夜中だしと、一人言い訳した。
2.さらさらと、指の透間をくぐり抜けてしまう
(自分でも掴みきれていない感情はただただ溢れ出して)
(少しずつ、でも確実に、心に積もっていく)
(海とか川が出てくる夢ってのは、何でも性的欲求が強い時とか、恋愛に関心がある時に見るらしいよ。)
(ぶっ!!!!)
(うわっ、いきなり噴き出すなよ姫)
(ちがっ……!そんなこと考えてない!!断じて!!あいつはそんなんじゃ…)
(いきなり慌てて、何口走っちゃってるのかなアルト姫?詳しく聞きたいなお前の見た夢について)
END
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