マクロスF部屋2

□8.優しさと冷たさの境界線は曖昧 とくに君のは
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相談があるの、とメールが入って来たのが、つい15分前。今SMSの部屋にいると伝えれば、よほど切羽詰まっているのかすぐに行っても良いかと聞かれた。
ミハエルとの二人部屋。女っ気は、俺が部屋にいるかぎりは、ない。(ミハエルが女を連れ込んでいる時はふんだんにあるだろう)
そんな部屋にランカを招き入れるのは、正直気が引けた。それに、なんだか背中のあたりがむずむずする。非常に落ち着かない。

場所を変えて、カフェかいつもの丘辺りにしてもらおうと携帯を再度見ると、着信を知らせる『ランカ』の文字。時既に遅し、だった。



「ごめんねアルトくん、どうしても今日中にやらないといけなくて」

インターホンを聞いてドアを開ければ、少し息を切らしたランカが開口一番に早口で言った。
どうしたんだ、と口を開こうとするのを遮られ、目の前に四角い何かがずい、と現れた。
見覚えのある、ランカの文字が書かれたノート。つまり。


「宿題が全然わからなくてっ……だから、勉強、」

教えてください、と最後の方は消えかかりそうになりながら、翡翠色の髪をしゅんとさせてランカは頭を下げた。


「……ああ、宿題、な」

そういえば数日前に適当に片付けたな、と頭の隅で考えながら、ランカとは違う意味で頭を下げた。
先程の妙に浮ついた、妙に落ち着かない気持ちを返してほしい。まるで、まるで自分が何かを期待していたみたいじゃないか。そこまで考えて、頬が急に熱くなった。


「…あの、アルトくん、やっぱり迷惑だった?」

うなだれた(ように見える)アルトを見て、ランカはおずおずと声をかけた。身長差もあって上目遣いになるランカに、アルトの心臓は先程の元気と、なんともいえないむず痒さを取り戻した。
これはいけない、とアルトは体中が脈打つ中で考える。ここで万が一何かを起こしたら(もちろんその、男女の意味で)それこそまずい。この場所が何よりまずい。あの鬼隊長ことランカの兄、オズマがいる。それにミハエルの部屋でもあるし…いや、あいつのルールの「ハンカチ」を使えば…と、あらぬ方向へ思考が行ってしまうのを、頭を勢いよく振ることで何とかどこかへ追いやる。
アルトの百面相にますます不安になり眉を下げているランカに咳ばらい一つして、彼女が持っているノートを取り上げた。


「わっ、え、アルトくん?」


「これ、数式さえ間違えずに使えば応用問題もちゃんと解けるぞ。さっさとやっちまうか」

先程までの挙動不審をごまかすようにいつもの調子で言ってやれば、ランカは元気のなかった翡翠色の髪をぴょこっと浮かせて、うん!と元気よく頷いた。
そのぴょこっとした翡翠色は未だに不思議中の不思議で、でも今は宿題優先だと頭を切り替えた。



SMSにいそうな気がしたから、移動させるのも悪いなあと思ってこちらに向かいながらメールしていた、とここにすぐ到着した理由をランカは話した。
だんだん付き合いが長くなると行動パターンもわかってしまうものなのかと、それがすごく不可思議で、少しくすぐったかった。


「走ってきたんだろ?途中ですっ転んだりしなかったか?」

アルトのまるで兄のような口ぶりに、ランカは頬をぷくっと膨らませてそっぽを向いた。もちろん、翡翠色の髪もふわりと宙に浮いて怒りを主張している。


「転んでないよっ、……………ちょっと、つまづいたりはしたけど」

転んでない、で済ませばいいのに、こんな時にもランカは素直だ。
言ってしまったら後の祭り、アルトはやっぱりと苦笑いをし、ランカは恥ずかしそうに頬を赤らめてスカートを握りしめた。それと一緒に、翡翠色は元気をなくしてランカの頬に張り付くようにおとなしくなる。


なんだかんだで机に向かって並んで座り、ノートと教科書を開いて勉強を始めても、翡翠色の髪はぴょこぴょこと動くのを止めない。
問題に息詰まっている時は、ぺたりと頬に張り付き全く元気がない。そこにヒントやアドバイスをしてやると、こちらを向いてぱあっと無邪気な笑顔で、もちろん翡翠色をふわふわと浮かせて礼を言う。
黙って見ていたら、そんなローテーションを繰り返す翡翠色から目を離せなくなってしまった。

数式を使いこなし始めたランカは、黙々と問題を解いている。解けるたびにふわりと空気を含む程度にふくらむそれを見て、アルトは吹き出しそうになるのを必死に堪えた。口だけで笑うにぎりぎり留めて見つめていると、少しずつ、ランカの髪が今まで以上に元気をなくしていく。どうかしたのかとますます見つめると、いちごのようなランカの瞳とアルトのそれがかちあった。


「……あ、の」


「ん?」

なにか訴えようとして開くランカの唇に、先程翡翠色を見ていたときとはまた違う、柔らかい微笑を浮かべると、ランカの紅い瞳が見開かれて、翡翠はまた広がって浮いた。


「わ、私、どこか間違えてるかなあ」

細い指が、彼女のかわいらしい文字を指差す。つられて見てみても、特に間違ったところはない。ランカは教えるとしっかり吸収するから、教えがいがあるし助かる。


「いや、間違えてないぞ。しっかり解けてる」

よく出来た、の意味も込めて頭を撫でると、それがすごく熱を持っているのに気が付いた。熱でもあるのだろうかと聞こうとすると、またランカによって遮られた。


「……っじゃあ、なんで、ずっと私のこと笑って見てるの?」

なんとか搾り出したような声で言うと、ランカは俯いてしまった。前髪で、表情が窺えない。

アルトもアルトで、気付かれていたことに動揺していた。だが、確かに気付かれるほどの熱視線をランカの一部分に向けていたのは事実だった。
この際、聞いてしまえば良い。聞きたくて、見ていたも同然なのだから。でも、たぶんランカは照れているから、このまま終わってしまうのもおもしろくない。


「……さあな」


曖昧な返事をしてやると、がばっと勢いよくランカが顔をあげた。その顔は彼女の瞳に負けないくらいに真っ赤だ。


「絶対なにかあるんだ!アルトくん、なんかいやらしいかおしてるもん!」


「なっ!いやら…」

笑いを堪えていただけなのに、しかもその原因はランカの一部なのに、とてつもなく心外だ。
子供っぽい怒りがふつふつと沸き上がってきて、さっき言おうとしてやめた言葉を意地悪にして、吐き出してやった。


「お前の髪がどうなってるのか気になって見てたんだよ!なんか変だから」


「か、かみ?」

予想外の返答なのか、ランカはおおきな瞳を更に大きくしてアルトを見た。
でも直ぐさま眉を寄せて、大口を開ける。やっぱり、翡翠はぶわっと音を立てそうなほど浮き上がった。


「変って、変ってひどいよアルトくん!」

腕をぶんぶんと振って、髪をぱたぱたとさせて怒るランカが怒っているように見えなくて、アルトはもう堪えきれずに吹き出して笑った。
その間にランカの瞳には涙の膜が張って、唇はわなわなと震えていく。


「ぶわって広がるし、ぺたってなるし、絶対変だろ」

潤んだ紅い瞳を見て、ちょっとだけ楽しくなりながら、ほとんど罪悪感に埋もれながら、翡翠色の髪に触れてみた。自分の長い髪とは違い、ふわふわしていて柔らかい。


「…さ、さわっちゃだめ!」

アルトの指から逃れるように、ランカは声を上げて後ずさった。アルトは名残惜しげに、指をその場に留めている。


「……なんでだよ」

思っていたよりも低い声で自分でも驚いた。きっと、もっとあの柔らかさに触れていたかったから拗ねているんだ。

「なんでって、変って言ったからだめなの!」

ランカもランカで拗ねているようだった。アルトの低い声にも物おじせず、ぜーったいだめ!と念押ししてくる。
その割に椅子から立ち上がり、少しずつ後ろへ下がっていく姿が、なんともランカらしい。


「減るもんじゃないし、いいだろ?おもしろいし」

余裕の出てきた声で、アルトはランカにじりじりと近づく。必死に逃げるランカを後ろの自分のベッドに追いやって、腕の檻を作った。


「お、おもしろいって…ひどいよアルトくん!私髪のこと結構気にしてるんだよっ」

身体が逃げていても威勢はそのままで、怒って眉を寄せて口を尖らせている。でも瞳には涙がどんどん蓄積していて、そろそろまずいと言うことがアルトにもわかった。

そろそろ謝ろうかと思ったが、最後に翡翠色に触っておこうとその両サイドの髪をぎゅっと握ってみた。


「ひゃああっ」


「ふわふわしてるよな、お前のこれ」

分析するように思わず呟くと、ランカの瞳からついに涙が溢れた。


「ら、ランカ」


「…っアルトくんのばかぁ!へんたいっ!」

ランカの涙にショックを受けて間もなく、彼女から繰り出された渾身の右ストレートによって見事に尻餅をついた。

予想外の拳の強さにお腹を押さえ呻いていると、その間にランカはドアに向かって走り出していく。どうやら宿題のことも荷物のことも忘れて飛び出していくつもりらしい。慌てて追いかけて手を握って、なんとかそれを引き止めた。


「ランカ、いじめすぎた、ごめん」


「…………っ」

彼女から返事は、ない。俯いていて表情も見えないが、ここはもう素直な自分をぶつける以外引き止める手はない。


「お前のその髪、変だしおもしろいけど…」


「……………」


「……嫌いだとは、言ってないだろ」

掠れた声でなんとか呟くと、ランカの顔が上がり髪がふわりと浮いた。
すぐそこにある、ランカが向かい合っているドアに繋いでいないほうの手を置いて、今度こそ逃げれないようにした。ぐっと距離を縮めれば、ランカの肩が少し震えた。


「お前は気にしてるのかもしれないけど、俺はお前の髪、その………結構、」

ランカのすぐ側に顔を寄せて、ここまで言っておきながら言い淀んでいると、やっと顔を上げたランカと目が合った。


「……結構、なに?」

震えるくらいの、甘い甘い声で、続きを促された。全身の血が沸騰しているんじゃないかと勘違いするほどの熱さに、立ちくらみがしそうだ。

結局、いじめてみたって、彼女にはかなわない。



「…………その、結構……………すき、だ」

繋いでいた手を引き寄せて、彼女を腕の中に閉じ込めた。今更かもしれないが、これ以上、格好悪い所を見せるわけにもいかない。
ふわふわの髪に唇を寄せれば、くすぐったそうに身をよじった。


「…もう、ほんとにいじわるだよアルトくん。でも、ありがとう」

頬を染めて嬉しそうに笑うランカに、アルトの鼓動は速くなっていくばかりだ。背中のあたりのむず痒さも、頭に響く警報も、今すぐ彼女をめちゃくちゃにしたい衝動も、大きく飽和してもう限界だと告げていた。



「……っ、ランカ」

どうしようもなく欲情した、妙に頭に響く低い声。
怖がらせないようにと優しく手を握り直すと、潤んで熱の篭った紅い瞳がこちらを見つめた。同じだと、同じきもちだと、言われている気がした。

少し開いた小さな唇に、吸い寄せられるように自分のそれを重ねた。
その唇はどうしようもなく柔らかくて、甘くて、ランカそのものだった。





8.優しさと冷たさの境界線は曖昧 とくに君のは


(いじめてしまうのも、泣かせてしまうのも、)

(血が沸騰するほどあつくなるのも、眩暈がするほどいとおしいのも)


(せかいで、きみだけ)

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