マクロスF部屋2

□7.言葉にするのはいつだって容易なことじゃない
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「ホテルに到着致しました、シェリル様」

淡々と、機械が喋るように言うと、ブレラはシェリルをゆっくりと腕から降ろした。

最短距離と言う名の下水道を通って来たせいで、二人の服からはぽたぽたと水滴が散らばって落ちる。

「最短距離だからってあんなとこ通るなんて……信じられない!」

冷静にタオルを差し出すブレラに、シェリルは目を合わさずに言葉をぶつける。ブレラは顔色一つ変えずに「命令だったので」と返答した。

その冷静な答えが、シェリルを更に怒らせるだなんて露知らずに。


「っもう!いいわ、下がって」

今度こそ目だけでなく身体をも背け、シェリルはバスルームへ足を運ぶ。
ブレラはまたしても動じず、「失礼致します」と言って出て行くだけだった。




「はぁ……」

今日はすごい一日だったわね、と空に向かって呟く。独り言だなんて、相当参ってるのかしら。

とりあえずこの臭くて気持ち悪い身体をリフレッシュさせなければ、と服に手をかける。
そこで、ある事に気がついた。


「……私、あんまり濡れてない?」

それに、汚れだって。付いてはいるが、下水道に飛び込んだ割には綺麗過ぎるぐらいで、洗えばすぐ取れる程度のものだ。


何で、だなんて。考えなくたってすぐわかる。



「…庇って、くれてたのね」

ブレラに触れていた右側が少し湿り気が多いのが大きな証拠だ。
表情を全くと言っていいほど崩さないボディーガードの、不器用な優しさ。


それが少しくすぐったくて、でもそれ以上にあたたかい。



「……お礼、言いそびれちゃったじゃない」

先程の怒りに任せた行動を少し反省しながら、口を尖らせてばつの悪い顔をする。

ありがとう、と感謝の言葉を述べるのは、当たり前だがした事はある。
だけどそれはその場ですぐに言ったのであって、後々というのはシェリルの性格や性分もあってか数えるほどだ。

後から礼を言うなんて、シェリルは首を横にふる。
だって、かっこわるい。何だか負けた気がするし。
それに私は、シェリルなんだから!



「…………」

お決まりの台詞を心で叫んでみても、全くすっきりしない。むしろ、もやもやと苦い気持ちが広がっていくだけ。



「……あり、がと」

少し掠れた声を、絞りだして呟いた。
ちゃんと、言わなくては。いつもわかりづらいアイツの為に。いつも、言い逃してしまっていること。
こんなことを練習だなんて、全くもってらしくない。でも、そうしないとまた言いそびれてしまいそうで。


思い立ったら即行動。きっとアイツ…ブレラは、ドアの外にいる。
簡単に身体と髪を拭いて、下着とキャミソール、ショートパンツを身につけて飛び出した。


案の定、ブレラは壁にもたれ控えていた。シェリルが勢いよく飛び出してきたので、驚いて目を丸くしている。


「…シェリル様、何かあったのですか?」


「ち、違うわ!あんたに言いたい事があるのよ」


「命令ですか?…何なりと」


「そんなんじゃないわ………その、」


「?」


珍しく歯切れの悪いシェリルに、ブレラは首を傾げる。更にほんのりと頬が赤くなっているものだから、更に訳がわからない。

いや、理解した。風邪を召されたのか。下水道は通行するのにはあまり向かないらしい。以後気をつけるとしよう。


と、ブレラは勝手に自己完結し、シェリルをここに戻ってきたときと同じようにひょい、と持ち上げた。



「だから、えっと……って、何してるのよ!」


「風邪を召されたのでしょう。私のミスです。以後気を付け」「風邪なんかひいてないわ!降ろしなさい!」

じたばたと暴れてみても、ブレラは無表情のままシェリルを見下ろすだけ。しまいには。


「こうされているのは嫌ですか」


なんて、これまた表情を変えずにさらりと言ってのける。

嫌だ、なんて全然そんな事はなくて。
むしろちょっと嬉しい、とは口が裂けても言えない。いや、言うものか!



「………っ、そんなのは、どうでもよくて!私はあんたに言いたい事があるの!」


「……?何でしょうか」



きょとん、といつもよりもいくらか幼く見える表情に、胸が鳴った。
落ち着きなさい私。違うわ、これは。

何故だかこいつといると調子が狂う。ペースに振り回されてて、いたたまれない。でも、それを嫌だと感じない自分が一番いたたまれない。




「……いつも、ありがと。あんたには…感謝してるわ」

やっとの思いで口にしたそれは、声が少し上擦ってしまっていて、正直声も小さくて、はっきり言うとかっこわるい。

ブレラからの反応がないから、余計恥ずかしくなる。


睨むように見上げてみると、当の本人は唐突に礼を言われて驚いているようだった。
でもすぐに、目を少し細めて、口許を軽く緩めた。


「……変わったご主人様だな」


「え?」


「いや、」

何でもありません、と言い終わるや否やいつもの無表情に戻り、速やかにシェリルを降ろした。



「……有り難いと思ったんだから、それを口にするのは普通でしょ?」


「そうなのでしょうか…?少なくとも、俺が今まで護衛してきた人達はそんなこと口にしませんでした」


「……そう」


ギャラクシーは、そういう所だ。わかってはいたが、痛感せざるを得ない。
冷たい、ただの「任務」を、この男もしてきたのだ。


「…失礼致しました」


「……その言葉遣い、やめなさい。あと態度もね。命令よ!」


「いや、しかし」


「私はあんたのご主人様よ?命令が聞けないの?」


「…わかりま、……いや、わかった」


「それでいいのよ。……私は、今までのご主人様達とは違うんだから」


楽しそうにシェリルが笑うと、ブレラはまた首を傾げた。
その傾いた顔のほうけた唇に、自分の唇を重ねる。



「これからもよろしくね、ブレラ」


言うや否や、シェリルは颯爽とベッドへ向かう。


ちらりと見えたブレラの顔は、今まで見たことがない、してやったりな間抜け顔だった。





7.言葉にするのはいつだって容易なことじゃない



(言葉はいたくて、つめたくて、どうしようもなくつらいもの)


(それとおなじぐらい、いやそれ以上にあたたかいものだって)


(私があなたに教えてあげるわ)

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