短編/ショート&ショート置き場

□大正小町
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 大正小町 第一話





自宅に連れ込んだお嬢様の服をやっとの思いで脱がせ、さあ!と気合いを入れた時、…ケータイの着メロが無情に響いた。



「あ、ユウじゃない。え!マジ〜?」



で始まった会話は延々と続き、劣情の代わりに心の奥から膨れ上がってきたのは『怒り』である。



(何がお嬢様だ!)


「んでさぁ、今マッパなんだけどぉー。 何って?
エッチするに決まってるじゃん♪あはは」


「出てけ!」


「え? あ、ユウちょっと待ってて。何か怒鳴ってるみたいだから…」

「さっさと服着ろ!」


「え〜っ?まだあたし…」


「やかましいっ!!」



不満げにブツブツ言う女に脱がせた衣類を投げつけ、有無を言わさず部屋から叩き出した。





俺は榊竜二。


リュウ・サカキのネーミングで、そこそこに売れているイラストレーターだ。



静けさを取り戻した自室で“ふぅー…”と溜め息をつきながら、俺は都会の喧騒から暫く離れたい気分になった。


そんな時、信州のとあるペンションから届いた一通の招待状。



そのリーフレットからは、癒しの空気と、爽やかな初夏の風を感じるものがあった。


俺が二つ返事で招きに応じたのは言う迄もない。








「榊さん、ここの自慢のひとつは満天の星なんです。
食後の散歩がてらご覧になっては如何です?」


「へえーっ、そう言えば星空なんてここ数年お目にかかってないなあ……」


「よかったらご案内致しますよ?」



常に笑顔を絶やさないここのオーナー山中氏。


俺は流石に申し訳なく思い、案内はお断りした。


コースの標識には夜光塗料が塗ってあり、余程の方向オンチでもない限り迷わないようになっている。







「いやあ、本当に凄い。 夜空に宝石箱の中身ぶちまけたみたいだなぁ…」



まだ昼間の熱気をとどめた高原の空気を胸いっぱいに吸い込み、俺は星たちの競演に心を奪われた。



『あのー……』


「誰?」



急に呼び掛けられ振り向くと、白い服の娘が物言いたげに佇んでいる。



(うわっ、ムチャクチャ可愛いじゃん!)



夜空を彩る星たちも色褪せる程に可憐なたたずまい。


つい、声もなく見とれた俺の視線に顔を赤らめた娘は、おずおずと口を開き始めた。



『あの、…恐れ入りますが申し上げてもよろしいでしょうか?』


「ん?ああ、
どうぞ遠慮なく」


『それでは、失礼して…』



娘は緊張をほぐすように大きく深呼吸した後、おもむろにひと言。



『う ら め し や ー…』


「は?」



意表を衝いた台詞に、ほの白く闇に浮かぶ姿を改めて眺め直すと、確かに足がない。




『やっぱり怖がっていただけませんか……』


「いや、やっぱりって君ねえ、…自覚してんの?」



怖いどころか、このままお持ち帰りしたい位にキュートな幽霊ちゃんだ。


だが、しょげ込んだ様子の当人に、そんな心の内を洩らせる筈がない。


まだ高校生ぐらいにしか見えないし、どこやらの条例に…、って幽霊は例外か?



『私、いつも怖がって頂けなくて…。

お暑い中、皆様に涼しい思いをさせられないなんて、幽霊失格です…』


「もしかして、ヒュ〜ドロドロうらめしやぁ…ってのは奉仕活動?」


『はい。 霊界で有志を募りまして、お世話になったこの世の方々に私達の出来る事を、と決まったようです』



(霊界の…ボランティアだとお?)



あまりの感覚のズレ加減に眩暈がしてきた。





「あのー、君さあ」

『はい?』


「驚かす予定だった奴に誘われた事ない?」



俺の素朴な疑問に、複雑な表情を見せた幽霊ちゃん。



『沙恵、生前から押しに弱いんです…』



青白いほほにパッと紅を散らせながら、沙恵は消え入りそうな声で白状した。


図星の様だ。


(しかし、…幽霊が果たしてそんな事でいいのか!)


と余計な心配をする俺。



誘いたくなる気持ちは分かるが、…俺は何故か急に絵心が湧いてきた。


むしょうに彼女を描きたくなったのだ。







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