Full Moon〜月の煌めき〜

□誰よりも…
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「駆」

仕事も終わり、帰って来た時、そんな声が聞こえて、俺の耳と体は、自動的に反応した。
同じユニットで活動し、俺の双方ともなる、師走駆を呼ぶ声。

「…っ、葵、さん」

駆を呼んだ張本人は、終始切なげな表情をしているようにも見えた。
その頬は、何処か熱を帯びており、綺麗な空色の瞳は、潤んでいて、色気がある。

……嫌だ。
嫌な予感が、当たって欲しくないと思った。
夢であれば、良かったのに。

「あ、あのね……
俺、かけるのこと、」

葵さんが何を言ったのかは、聞きたくなかった。
…が、唇の動きでわかってしまった。
この先は、もう見たくもなかったし、俺は足音を立てないように廊下を移動し、自分の部屋に逃げ込んだ。
「……なんで、」

信じられない。信じたくも、ない。
頭が思うように働いてくれなくて、ベッドにうつ伏せで寝そべった。

……高校の入学式。駆と初めて出会った、あの日。
元気で明るく、見た目も元気のエネルギーそのもので、なんだかんだでいつだって俺の味方で、隣で笑ってくれた。
……大好き、だった。

俺、如月恋は、見てしまったのだ。
駆……大切な双方でもあり、愛しい人の、告白現場を。

そんな日から、数日が経った。
俺は、以前のように駆と話せなくなった。

「……あっ、恋!」
駆が明るく俺に声をかけて、駆け寄って来ても、目もろくに合わせず、適当に言い訳を並べて、その場を立ち去る。
その度に、自分が嫌になる。

……ごめん、駆。
なんで俺は、こんなにも弱いんだろう。
TV番組で調子良いハイテンションの俺は、何処へ。
駆の事となると、どうも調子が狂って、夜になると部屋にこもって、思い悩んで、相手を想ってばかり…。

「なあ、恋」
共有ルームでぼんやりとスマホを弄っていると、同じ空間で寛いでいた新が声をかけてきた。
「……ちょっと、いいか」
「えっ、」
俺の返答も聞かずに、新は俺の腕を取り、共有ルームから連れ出た。

新に連れられ、やって来たのは、相手の自室だった。
「なんだよ、いきなり」
自然と不服な声が自分の口から発せられた。
しかし新は、暫くの間口を固く閉ざし、直ぐに俺の質問には答えてくれなかった。

「お前、何かあったのか?」
数分間黙っていた新から、ゆっくりと告げられた言葉。
「……新には、関係ないだろ」
自分でも、馬鹿だと思う。
あれほど悩んでいたくせして、相手には強がってしまう。

「恋、お前も見てたんだろ?
駆が、告白されてた一部始終を」
「……っ、」
此方がどんなに隠し通そうとしても、新には全てお見通しだったのだ。

そして、お前も、という事は、新も何処かで見ていたのだろう。
近くに居た可能性も考えられるが、あの時は気が動転していて、周りを見ている程の余裕なんてなかった。

「新…、俺は、どうすればっ…これから駆と、どう過ごしていけばいいっ…?」
好きという愛の感情を、俺は捨てていかなくてはならないのだろうか。
伝えてはいけない、禁断の言葉。
たった、2文字言うだけなのに、こんなにも辛い。
「俺だって、辛かったさ」

新の声に、顔を上げると、いつになく真剣な表情をしていて、何処となく切なさが滲んだような複雑な趣で俺を見つめていた。
「葵が……好きな奴が、ノーマークだった同じメンバーに、面と向かって告白してるもんだから、流石の俺も驚いたし、結構衝撃がでかかった」
…そうか。
新にも、好きな人がいる。

そんな好きな人が、自分じゃない別の人に、しかも親い人に想いを寄せていたと知ったら、誰だって落胆する。
気まずくなって、話しかけずらくなって。
2人の邪魔をしないようにと、必死になって。

「でも、可能性は0ではないだろ?」
確かに、新の言う通りでもあるが、充分リスクだってある。
「俺は、ちゃんと伝えるぞー」

……新は、強いよな、って思う。
それを言ったが為に、葵さんとぎくしゃくして気まずくなるとか、そういうリスクを恐れない。
良くも悪くも言える、怖い者知らずだ。
ただのいちご牛乳にしか目がない男とでも思っていたが、そんな訳でもない。
それなのに、俺は……

逃げようとしていたのだ。
僅かな可能性を、希望を考えずに、どんどん悪い方向に考えて、ついには最愛の相手を拒絶するようになっていた。

「本当、俺って……馬鹿だよなぁ」
俺の小さな呟きも、目の前の黒髪の青年は、聞こえていたようで
「だよなー、本当馬鹿」
「な…なんだとぉ!」
確かに馬鹿なのは事実だが、随分あっさりと同意されてしまった。

「でもさ、馬鹿でも、学習できればそれでいいんじゃないか?」
静かに笑みを浮かべていた新が、不意に言った。
どんなに馬鹿でも、同じ過ちを繰り返さなければ、その人は、全然馬鹿なんかじゃない。
そうやって、人は成長していくのだから。

「……俺、決めたよ。新」
もう絶対に逃げない…。
新は、力強く頷いてくれた。
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