高校生

□人魚姫
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「ね?ツキもそう思うでしょ?」




何の我儘を言うかと思えば絵本を読めと言い
取り出してきたのは童話の『人魚姫』
本の朗読などしたこともなかったが彼女の頼みを仕方なく受け入れ読んでやればこの感想だ




「っていうか、王子様に気持ちを伝えたいのに声を差し出すなんてどうかしてるわ
もっと魔女と交渉すべきだと思うの」




俺の腕の中でそんなことを言う蘭
要するに蘭はこの話が好きではないのだろう?それならなぜ、あえてこの本を読めと言ってきたのか、理解ができない




「作者のアンデルセンは何度も失恋を繰り返し、遂には生涯独身だったらしい
このストーリーには、作者自身の恋愛の苦い思いが投影されていると言われている」

「へぇ、そうだったの
ツキってすごいのね、何でも知ってるんだもの
でも、このストーリーを読めばわかるわ
どうしてアンデルセンが恋愛に失敗するのか」




くるりと体勢を変え、俺と向かい合うようになる蘭、今度は何を言い出すのか




「ほう?どうしてなんだ?」

「恋愛って、人魚姫のように純粋に1人の人を愛して自分の痛みにに耐えて尽くすだけじゃ思い通りにはならないのよ
駆け引きをして、相手を翻弄して、本心を見せつつ隠しつつ、時には誰かを蹴落として」




俺の首に腕を回し伏し目がちにそう言う蘭
なるほど駆け引きか、確かにこの女はうまい
絵本を読めと甘えてくるかと思えば、こんなふうに妖艶な顔を見せてくる




「蘭が人魚姫なら
足と引き換えに何を魔女に渡すんだ?」

「んー、そうねぇ…考えたこともないわ
何も差し出すつもりなんてないもの
でも、強いてあげるなら…」




妖艶に微笑み、蘭はくっと顔を近づけてきた
丸い目に俺の顔がうつっている




「片耳くらいなら、仕方ないかなぁ
こんな風に髪で隠せばどうにかなるでしょう?
四肢を失うのは醜いし、顔は論外でしょ?そうすると体にあるパーツで1つくらい無くても美しさを損なわないものっていったら耳しか無いじゃない?」




髪で片耳を隠してみせる蘭は確かに美しさは損なわれていない




「なるほど、悪くない」

「ふふ、だから人魚姫のお話は好きなの」

「嫌いなんじゃないのか?
理不尽で許せないのだろう?」

「うん、理不尽だけど私の教科書だもん
恋愛はどうすれば上手くいくのかっていうのを教えてくれた絵本なの」

「教科書か」

「うん、人魚姫の絵本があったら
こうしてツキの彼女としてあなたの側にいられるの」




子ども向けの絵本を恋愛の教科書にするなんていうのは初めて聞いたが、事実、こうして俺はこの性悪女に惚れているわけだから確かに教科書なのだろう




「私の大好きな絵本だから
大好きなツキに読んで欲しかったの
ツキの声、大好きだから」

「上手くは読めなかったがな」

「そんなことないよ、上手だった
だからまた絵本読んでね?」

「まぁ、たまにならいいだろう」




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