妖狐
□月の綺麗な夜
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大きな窓の外には綺麗な月が浮かんでいる
中秋の名月でもないし、世間で騒がれるスーパームーンってやつでもない
なんの変哲も無いただのお月様だ
「まだ起きていたんですか?」
「あ、おかえりなさい玉藻先生」
病院での仕事を終えて遅めの帰宅をした玉藻は窓の外を見上げている鏡花にため息をついた
「帰りが遅くなる時は先に寝ていてもいいんですよ」
「うん、でも月が綺麗だったから」
「月?」
「そう」
鏡花の横に立ち窓の外を見上げると
そこにあるのは特に綺麗と形容するほどでもない満月
「別に、普通だと思いますが?」
「ううん、綺麗だよ
ね、玉藻先生、月が綺麗ですね?」
182cmと高身長の玉藻と目線を合わせるために少し見上げるようにする鏡花
大きな瞳には、何を考えているのかは映らない
「それは、「死んでもいい」と答えたらいいのですか?」
玉藻は昔に読んだ人間の書物の記憶を手繰り寄せた
かつての文豪が「愛してる」という英語を訳す際に用いたと言われるそのフレーズに対する答えは様々な提案がされている
その中でも最も有名な返事をしたのだ
「嬉しい」
鏡花はほほえんだ
玉藻はどうしてこんな普通の人間にここまで入れ込むのか自分自身を理解できないでいた
今宵の月も、目の前の鏡花という人間もいたって普通のものなのに
どうしてこんなにも美しく特別な感じがしてしまうのか
いや、違う、400年という長い時間を生きてきたからこそ様々な特別なものは見てきた
だからこそ、気づいたのだ…こんなふうに当たり前のことが壊れるのは一瞬だ、「当たり前」が最も「特別」なのだ
それを知っているからこそ、この普通のものが愛おしく思えてしまうのかもしれない
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