高校生
□綺麗な月
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今宵は、満月になりそうだ…
「当たり前じゃない、そんなの夜にならなくてもわかるわ」
月明かりに照らされるその女の顔は美しかった
いや、月明かりだろうと日光だろうと、彼女はいつでも美しい
人間の美しさなどにさして興味はなかったのに、なぜだかこの女は違う
「今夜の月がどんな形になるか、なんてそんなの見なくてもわかるじゃない
律儀に周期的に満ち欠けしてくれてるんだから」
正論を言って彼女は微笑んだ
なんて美しいんだろう
人間の笑顔など、苦手なはずなのに彼女の表情ならどんなものでも愛おしい
「月が、綺麗ね」
呟くように彼女は言った
風景の美しさに無頓着な彼女が言うそのセリフは、雲に隠れて目に見ることのできないそこに浮かんでいるはずの月に対して言ったのではない
かの文豪が、英語を翻訳する際に用いたとされる用法を用いたのだろう
彼女にしては珍しいことをすると思った
「あぁ、そうだな」
「ふふ、もっと美しく返してくれないと
せっかくの月に失礼よ?」
挑発的な顔で俺を見上げる蘭
吸い込まれそうな瞳に釘付けになり、深い色のそれを見つめる
「死んでもいい」
「それは嫌…、貴方に死なれたら私はどうすればいいの?」
「美しく返せと言ったのはお前だろう?」
「そうだけど、その答えは嫌いよ
だって、せっかく愛を囁いているのに死を告げるなんて残酷だわ」
「この身を捧げてもいい、ということなのだろう?」
「おかしいでしょう?
幸せなら、その幸せを分かち合うべきよ」
背伸びをし、俺の頬に手を添える彼女
しかし小柄な彼女には難しいので屈んでやる
「月が綺麗だなと言われたら
蘭はどう答えるんだ?」
俺が屈んだことが彼女のプライドを傷つけたようで少しムッとするが
そう質問すると少し考えたようにしてから言葉を紡いだ
「そうね…、
『その綺麗な月を私にちょうだい』かしら?」
くすりと自嘲気味に笑う蘭
やはり、笑顔は好きじゃない
普段は冷静なはずの自分がどこかに行ってしまうから、こと愛した女の笑顔というものは好きにはなれない
「月は、すでにお前のものだ」
「…死んでも、いいわ」
__________この綺麗な月が、どこかに傾く前に出会えてよかった…
彼の頬を引き寄せてキスをする
相変わらず空は雲に覆われていたけれどそんなことどうだっていいの
空に輝く月よりもずっと美しい彼が私の手の中にいてくれるから
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