短編集

□石拳をしましょう
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 青々と広がる鎮守の杜に今日もまた見慣れた客人がやってきたようだった。
 緑のなかでも目を引く金髪に吊り上がった目。怪訝そうな眼差しのその鳥は囀るわけでもなく、天めがけて伸びる太い枝に座りこちらを見下ろしている。

「そんな高い所に座ってないで降りてきたらどうですか」

 手招きをしながら口を開くもそっぽを向かれるばかりだ。
 いつになく不機嫌なのか横顔すらも仏頂面で、木に登れるような服を着ていない私にとってはどうしようもない。彼の気が変わるのを待つか、静かにその場を離れるしか方法はないはずだった。だが自分自身でも驚いてしまうほど、あまりにも唐突に再度口を開いてしまう。
 木々の隙間から射し込む日差しへと向けて拳を掲げる。

「おとろしもどきさん。石拳をしましょう」

 私の声が小さかったのか反応はない。小首を傾げた後に今度は声を大にして一言一句違わず告げてはみたものの相変わらず返答はなかった。

「もしかして石拳がわからないんですかね? 鳥頭のおとろしもどきさんは」
「馬鹿にしないでもらえる? 人間がする簡単な遊戯だろう、そのぐらい心得ているよ」

 やっと口を開いたかと思えば喧嘩腰な様子に思わず息を吐いた。

「馬鹿になんかしていませんよ。どうしてあなたはいちいち喧嘩腰なんですか。知らないようなら優しく教えてあげるつもりだったのに」

 巨木の枝から飛び降り綺麗に着地をしてみせてくれたが、相変わらず仏頂面ですぐに胸の前で腕を組まれてしまった。今日は決して言い合うような気分でもなく、ただ姫巫女としての責務を忘れて一人の妖と会話をしていたかっただけ。
 此処が、此の場所だけが何も考えずにすみ意外にも心休まる場所だからだ。

「君に教わるようなことはないよ。で、どうして石拳なんかをしたがるんだい? まさか人間のなかには石拳をしてくれるような友人の一人もいないのかい」
「そうですね、悲しい話ではありますが‘銀朱’に友人はいませんよ」
「そうかい。まぁ俺も君のような奴と友人になったつもりはない、他をあたるんだな」
「そんな風に言わずに石拳しましょうよ。私とおとろしもどきさんの仲じゃないですか」
「仲を深めたつもりはないんだけどね」

 溜息まじりに呟かれたものの何となくそれ以上は言えなかった。これ以上距離を縮めるべきではないと警鐘を鳴らす本能に従い続けたまでだ。──お互いに。
 彼との出会いから一体どのぐらいの月日が経ったのか定かではないが、ただの気晴らし。その程度の戯れだ。

「まぁまぁそう言わずにやりましょう、おとろしもどきさん。たまにはお話だけじゃなくてこういうのも悪くはないですよ」
「相変わらず人の意見を無視するんだね、君は。まぁいいよ、他に石拳をしてくれる友人がおらず、どうしても俺と石拳がしたいんだと泣く泣く縋ってくるようならしてあげる」
「泣く泣く? おとろしもどきさんはついに目まで鳥になってしまったんですか、それとも幻覚でも見ているのでしょうか」
「本当に口が減らない人間だな。してあげると言っているんだ、とっとと手を出すべきじゃないのかい」

 仏頂面で眉間に皺を寄せる様子にふと笑みがこぼれる。
鶴姫も時折口調を荒げて注意をしてくるが、それは私自身が抜けていて、坂守神社の主として相応しくない態度を見せるからだ。もちろん反省はし困ったように笑う時こそあるが、そこに今のような安らぎはない。銀朱として祀り上げられて数年、いまだ僅かに残る菖蒲という本来の自分からするとあまりに他人事で、何処か現実味がなかった。
けれどおとろしもどきさんの場合は違う。妖と人間という壁はどうしても立ちはだかるが、息が詰まって仕方がない坂守神社から離れ彼の姿を見ると姫巫女としての責務なんて忘れられてしまう。それどころか本来交わることのない妖との友情──とは呼べない奇妙な縁──が少しずつ結ばれていくような感覚だった。
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