短編集

□流れ星
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 恒例行事ともなった生徒会役員強制参加の星空観賞会。時折真っ白な泡雪がしんしんと降り注ぐ中での活動は人生で二度目だ。
 去年も体を冷やしつつ、談笑をしながら満天の星を見上げたのはいい思い出にもなっている。しかし昨年と違うのはこの場が静か過ぎることだろう。晴れて今年の春に卒業をしたぬいぬいにも声をかけてはみたが訪れず、騒がしい要員がいないからか、俺もそらそらも彼女も、律も──言葉を交わさずに空を眺めるばかりだった。
 誰しもがぬいぬいの名前を出さずに過去を懐かしみ、この学園での残り少ない生活に寂しさを抱えているのだろう。

「風邪をひかないよう、今年は早く切り上げますか?」

 そらそらがおもむろに静かに呟いた。誰しもが明確な返答をせず、いつにもましてらんらんと瞬く星々を眺め続ける。ふと視線を移せば、隣に腰を下ろしている律が小さく体を震わせたのが見えた。普段通り一切制服を着崩さず、防寒具さえ使わない彼の背中は明らかに小刻みに震えている。

「律〜、俺のマフラーを貸してやるぞ」

 大きな夜空を眺めていた律は、俺の言葉に気が付くとゆっくり視線を下ろした。そして首に巻いていたマフラーを手に取り渡すと、珍しく素直に言葉を聞き入れた律が、白い息を吐いた。

「ありがとうございます。マフラー……お借りします」

 慣れた手つきでマフラーを巻き出した律を、心配そうな瞳で見つめるそらそらと目が合う。彼の隣には赤いマフラーを巻き、手袋まで付け防寒対策ばっちしの彼女が、何処か懐かしそうに夜空を見上げていた。

「寒ければ、やはり早く……」

 生徒会長は誰よりも優しく、ぬいぬいと同じくらい生徒会メンバーを大切にしてくれている。そんなことは今までだって何度も伝わってきた。
 昨年の冬、それぞれが問題を抱えながらも再びこうして生徒会役員として輪を作りあげられたのは、そらそらが生徒会長の任を引き継ぐと決めたからに他ならない。──無論、継ぐと決めたのは優しだだけではないはずだ。
 けれど、やはり誰しもがこの空間、このメンバーとともにいる一瞬一瞬を胸に刻み、大事に思っている。
 もうじきその時間の終わりがやってきてしまうからこそ、雪が舞い降りてもなお空間をともにしたかった。室内ではなく、四季の移ろいを感じられる外で。

「颯斗先輩、このまま、もう少しだけ見て行きませんか? 俺は……寒くなんてないですから」

 隣に座る律が俺の左手を握り締めた。急な出来事に驚き、口が中途半端に開いてしまったが、言葉を発そうにも頭の中には一切文章が生まれなかった。突然の律の甘えるような仕草に、瞬きを繰り返すばかりだ。
 彼のほうを見ると、首に巻いたマフラーの顎先部分を何度かなぞるばかり。普段は饒舌なはずの律が言い淀み、僅かに頬を緩ませていた。
 今までは何となく距離を置いていたはずの彼が、少しずつ心の扉を開いているようにも感じる。それはひょんなことから付き合いはじめた俺だけにじゃなくて、そらそらや彼女にも、温かな心を見せているのだろう。

「では、あと30分ほど見て行きましょうか。翼君も、月子さんもよろしいですか?」

 目を細め、微笑んだ様子のそらそらに向けて、俺も彼女も大きく頷いた。
 すると彼は満足そうに笑むと、更に言葉を付け足した。この場にいる誰もが想像していなかった、耳が痛くなるような言葉だ。

「しかし……間違ってもこの場での口付けやイチャイチャは止めてくださいね。翼君、律君」

 俺はギクッと大きく体を揺さぶったが、律は平然を装い星空を眺めている。しかし相変わらず左手を握られたままで、臆する様子もない。

「ご心配頂かなくとも大丈夫ですよ、会長。この人は意外と恥ずかしがり屋さんですから、そんなこと出来っこありません」
「そうでしたか、それならよかったです。ね? 翼君」
「ぬ、ぬはははっ、何のことを言ってるんだよ〜律は〜」

 ただ自分の頬が熱を持つばかりで誰とも手を合わせられずにいた。思いも寄らない展開に俺は言葉を失い、右隣にいる彼女の控えめな笑い声が耳に入る。馬鹿にするわけでも、フォローをするわけでもない。

「それに……会長こそ、俺たちしかいないからと副会長の手を握ったりしちゃって、同じじゃないですか」
「り、律君!? べ、別に私たちは手を握り合ってなんか……」
「月子さん、あなたも恥ずかしがり屋さんなんですから、余計なことは言わないほうが身のためかと思いますよ。律君は口が達者ですからね」

 右に座る彼女が肩を落とした。こうも面倒くさいパートナーがいるとなると、俺も彼女も互いに渇いた笑みを浮かべるばかりで、新たに反論をするつもりもない。
 より力強く握り締められた手のひらから温もりを受け取り、ゆっくりと星を眺め直した。一線の尾を引く流れ星を見付けては、同時に指を指す。

「律、今流れ星が!」
「颯斗君、見て! 流れ星だよ」
「流れ星じゃねーか! 来た瞬間に見られるなんて、本当にラッキーだな」

 俺と彼女と、もう一人。卒業をしたはずの彼が歓喜の声をあげた。


⇒あとがき


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